キリマンジャロ登山の戦略

●はじめに

今回のキリマンジャロ登山で念頭に置いていたのは、限りなく100%に近い確率でウフルピークまで登頂することであった。キリマンジャロ登山は日本国内の山と違って時間も費用もかかるため、何度も挑戦する余裕はない。このため、事前にやるべきことはすべてやって登ろうと考えた。逆に、ウフルピーク登頂に不要な物はすべて省こうとも考えた。必要十分な装備・持ち物・体力を過不足なく揃えることを目指した。

●時間

キリマンジャロ登山には最低でも4泊5日かかる。しかしこれは高度順応が極めて順調に進むことが大前提であり、4泊5日の強行スケジュールではウフルピーク到達率が極めて低い。そこで、大多数の人は高度順応日を1日設けて5泊6日とする。筆者はさらに1日の余裕を見て、6泊7日とした。これはマラングルートのホロンボハットで高度順応日を2日設けるプランや、マチャメルートのカランガキャンプで通過せず1泊するプランにより、実現できる。

日本もしくはアメリカを拠点とする場合、キリマンジャロ山麓への往復に2日かかるため、この時点で計9日が必要となる。これだけの長期休暇を取得するのは、会社員にとっては極めて困難である。実際、筆者の所属する企業では結婚休暇以外に1週間の連続休暇の取得が認められることは稀である。可能性があるのは年末年始とゴールデンウィーク、シルバーウィークくらいだが、得てしてそういう時には休日出勤が入るものだ。従って、時間的余裕のある学生のうちに決行しようと考えた。幸いなことにアメリカの大学院では春夏秋冬にそれぞれ1週間以上の休暇を確保できたため、5月初の1週間(正確には9連休)をキリマンジャロ挑戦に充てることにした。くしくも日本のゴールデンウィークと重なったのは単なる偶然だ。

唯一気になったのは、5月初のタンザニアは大雨季であるということだ。雨により登山の難易度は明らかに上がるし、眺望が楽しめない事態も考えられる。しかしこのチャンスを逃すと学生のうちに挑戦することはできなくなるため、大雨季のリスクを取らざるを得なかった。実際の登山時には要所で雨が止み、快適な山行を楽しむことができたのだが、これは結果論というものだ。

一方で、登山以外の無駄な時間は極力避けることにした。代表的なのが、ナイロビ経由にせずキリマンジャロ空港に直接アクセスしたことだ。ナイロビ経由にした場合、現地到着後さらに数時間バスに揺られてキリマンジャロ山麓(アルーシャorモシ)まで移動しなければならない。さらに、ケニアビザ取得の時間と費用が余分にかかるし、タンザニア国境通過時にイエローカード提示を求められる可能性もある。

●費用

無駄遣いはもちろん避けるが、必要と判断した費用は惜しまなかった。

【費用一覧】

費目費用備考
冬山装備一式\140000ゴアカッパ上下、ダウン上下、冬用インナー、ゴア手袋、毛糸帽子、ネックウォーマー
その他持ち物\10000山用水筒、靴の中敷き、蚊取り線香、粉末Pocari、ブドウ糖アメ、使い捨てカイロ等
デジカメ\21478-10度に耐えられるPENTAX製のものを新規購入
タンザニアビザ\7000日本で取得。ビザ自体は\6000。他に交通費\1000程度
予防接種予約で埋まっていたため断念
航空券$1716.5デトロイト⇔アムステルダム⇔キリマンジャロ
登山ツアー$1800Yembi、マチャメルート7日間、一人で参加
現地での専用車$400空港⇔モシ、モシ⇔登下山口で$100×4
その他交通費$41自宅⇔デトロイト空港のバス、タクシー
ベースホテル$135Impala Hotel in Moshi。前泊が$90、登山後のデイルームが$45
食費$72空港での夕食、最終日の昼食(ガイドたちへの奢り分を含む)
現地レンタル品$40寝袋
ガイドたちへのチップ$510ガイド$10、コック$9、ポーター4人×$8、7日分に加えてボーナス3日分
土産$100キリマンジャロコーヒー5kg(20袋)
その他買い物$20キリマンジャロ帽子、ガイドブック(英語)
合計$6820$1=\90として換算。$10未満は四捨五入

【航空券】

前記の通り、キリマンジャロに直行することとした。ナイロビ経由にするよりも$300程度余分にかかったが、ここは金で時間を買うことにした。デトロイトからはアムステルダム経由のKLM便が出ているため、これを利用した。http://www.cheaptickets.comで4カ月前から価格を注視し続けた。出発の2カ月前に$1716.5まで下がったので、そこで購入した。

【登山ツアー】

キリマンジャロは勝手に登ることができず、現地でガイド・コック・ポーターを雇うか、ツアーに参加する必要がある。不案内な土地で登山以外に無用な苦労をする手間は是非とも回避したかったため、割高になるが日本語の通じる現地ツアー会社を選択した。結果的に選択したのはYembiだ。以前に友人が利用していたことと、事前のメールのやり取りで信頼感を持てたのが決め手だった。

なお、登山中のガイド・コック・ポーターとの会話はほぼすべて英語で行った(片言のスワヒリ語と片言の日本語がたまに混ざる)。このため、結果的には必ずしも日本語の通じるツアーを選択する必要はなかったかもしれない。だが、今回は何かトラブルが発生した時に日本語で解決できる安心感を買った。繰り返すが、今回はウフルピークに確実に到達するのが目標であって、バックパッカーとしてタンザニアを旅するわけではないのだ。従って、登山以外の想定トラブルは事前に可能な限り回避するのが基本戦略であった。

また、一人で参加するよりは複数人で参加した方がツアー料金が安くなる。このため数名の登山仲間に声をかけた。しかし時間・費用のどちらかあるいは両方がネックとなり、そう都合良く同行者が集まることはなかった。結局今回は一人での参加となった。

【装備・持ち物】

筆者は夏山(富士山槍ヶ岳〜南岳)の経験はあったが、冬山の経験は全く無かった。だが、キリマンジャロの山頂付近ははっきり言って冬山である。このため、冬山用の装備を新規に購入した。気温-10度、体感温度-20度という極寒に耐えるため、御茶ノ水の登山用具店で相談しつつ冬用ゴアカッパ上下、ダウン上下、冬用インナー、ゴア手袋、毛糸帽子、ネックウォーマーを新規に購入した。なお、アイゼンやピッケルに関しては、事前の問い合わせで不要との回答を得ていたため購入を見送った。

持ち物としては、防寒対策として使い捨てカイロを大量に持参した。結果的にこれらは役立たなかったのだが、持参したこと自体は間違っていなかったと思う。なお、ゴアカッパの左右ポケットに1つずつ入れておいたホカロンは寒さと低圧のため温まらなかった。また、貼るタイプや靴の中に入れるタイプのものは、そこまで寒くならなかったため使わなかった。他に役立ったのは山専用と銘打たれた水筒である。アタック当日には湯を入れて持参したのだが、保温状況はバッチリだった(たまたまそんなに寒くなかったためかもしれないが)。

他には、マラリアや黄熱病を媒介する蚊への対策も重視した。たとえキリマンジャロに登頂できたとしても、これらの熱帯病に罹患するとその後の時間・費用に多大な影響を及ぼす。本来ならば黄熱病の予防接種をすべきところだが、信じ難いことに筆者が問い合わせた時点ではすべて予約で埋まっており、結果的に断念せざるを得なかった。従って、対策は防蚊という一点に絞られた。結局虫除けスプレー2個、蚊取り線香2箱を持参し、効果的に使用したお陰で、蚊には全く刺されずに済んだ。

●高山病対策

全く迷うことなく、ダイアモックスの使用を決定した。この薬は高度順応の獲得を早める効果を持つ。6泊7日という余裕のある日程に加えてダイアモックスを服用することで、高山病をほぼ完璧に封じ込めることができた。初日のマチャメキャンプでは食欲を低下させる頭痛が出たが、以後ダイアモックスを朝晩欠かさず服用し続けた結果、頭痛も吐き気もほとんど出なかった。頭痛の対症療法として頭痛薬(ロキソニン)を日数分持参していたが、これを服用したことは一度も無かった。

また、キリマンジャロ登山の1週間前に富士山(あるいはそれに匹敵する高山)に登り、高度順応を行うのも一つの有効な対策であるらしい。しかし筆者にそれを行う時間的余裕は無かった。

●体力作りと膝トレーニング

体力作りに関しては、反省すべき点がある。筆者は毎朝欠かさず筋トレ(腕立て、腹筋、背筋、スクワット)を実行しているが、有酸素系トレーニング(ジョギング等)は全くやらなかった。これはひとえにモチベーションが上がらなかったためである。キリマンジャロでは山頂付近で著しく酸素が不足し、数歩歩いては立ち止まって深呼吸ということを繰り返していた。心肺機能がもう少し高ければ、苦しさも軽減されたことだろう。

一方、筆者が筋トレ以上に重視していたのが膝のトレーニングであった。山で膝を痛めると、下山に致命的な影響を及ぼす。下山速度が著しく遅くなるし、最悪の場合は自力で動けなくなって遭難である。実際、筆者は2008年の山行で膝を痛めたことがあり、鍼治療のお世話になっている。その時に教えていただいた膝強化トレーニングを毎朝欠かさず続けてきた。今回のキリマンジャロでも下山時に膝の痛みが再発し、一部区間をポーターに背負ってもらうことになるのだが、それでも登山の100%、下山の95%以上を自力で歩いたのはひとえにこの膝トレーニングのおかげである。


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