第28回 東京ベイ浦安シティマラソンのハーフマラソンの部に参戦してきた。
距離 | ラップ | 1kmあたり時間 | 合計時間 |
---|---|---|---|
0km | 0:12(0:18) | - | 0:12(0:18) |
5km | 22:37(22:53) | 4:31(4:35) | 22:49(23:11) |
10km | 22:21(22:49) | 4:28(4:34) | 45:10(46:00) |
15km | 22:05(22:38) | 4:25(4:32) | 1:07:15(1:08:38) |
20km | 22:31(22:43) | 4:30(4:33) | 1:29:46(1:31:21) |
21.0975km | 5:05(4:44) | 4:38(4:19) | 1:34:51(1:36:05) |
※()内は昨年の値。
※合計時間は完走証から抜粋したグロスタイム。
※ネットタイムは1時間34分39秒。
※ラップは手元の時計で計測した値。
※コースはこちら。
※総合順位は3110名中333位。男子のみでは2397名中320位。40〜49歳男子の部では907名中139位。
今回の「第28回東京ベイ浦安シティマラソン」への参加は、その一環である。従来と同様、自宅周辺の周回コースで21.1km走るのでは甘えが発生するため、今回も公的な大会に申し込み、自分を追い込むことにした。
また、ハーフマラソンへの挑戦は今回が六度目であり、タイムを短縮する楽しみも出てきた。今までの20km以上のレースへの参加状況はこちらの通り。今回は昨年果たせなかった1時間35分切りを再び目標とした。
加えて、浦安市はかつて12年住んだ場所であり、実家もまだある。従って、個人的にも思い入れがあった。ディズニー王国の外周を巡るので景色が良く、かつほぼフラットなコースで記録が出やすいという評判も参考にした。実際、一昨年、昨年と走ってみて同様の感想を抱いた。
速度面では、ハーフマラソンで1時間35分切りという目標に合わせてキロ4分30秒をレースペースに設定した。スタートロスや終盤の落ち込みを考慮すると、中盤まではキロ4分25秒まで上げる必要がある。9.5km走る時には常にこのペースを意識した。また、7.3km走る時にはキロ4分20秒を意識した。一方、昨年と違ってスピード練習(インターバル走、1kmダッシュ等)はほとんど実施しなかった。また、昨年は本番2週間前に実施した14km走を今年は実施しなかった。強度の高い練習を避けて、怪我をしないこと、練習を継続することを最優先とした。
本番直前になっても練習量は落とさなかった。もともと距離が絶対的に不足なのだから、テーパリングなど実施しても無意味と判断した。強いて言えば、前日の朝ランを(気温0度という寒さに負けて)4.0kmに抑えたくらいか。また、インフルエンザ予防接種を3カ月前に済ませたほか、風邪をひかないよう、手洗い・うがいの励行に加えて睡眠時等のマスク着用を徹底した。幸いなことに健康な状態で当日を迎えた。
寒さ対策としては、ランニングタイツ上下+半袖短パン+手袋というスタイルが定着した。気温が氷点下にならない限り、これでもギリギリ耐えられる。幸いなことに暖冬であり、寒いと感じる日は数えるほどしかなかった。本番ではこれに加えて日光対策のサングラスを装備した(普段は平日夜と休日朝に走るため、サングラスは不要)。
次に靴の選択について。現在所有している3種類の靴はいずれも走行距離が1000km前後に到達している。新規に調達して慣らす時間的余裕が無かったため、この3種類から選択した。昨年の大会で使用した薄底レースシューズでなく、一昨年の大会で使用した厚底靴を選択した。直前の練習で着用してみた感触に従った。薄底靴では確かに最初の7kmで速度は出る。だが、着地衝撃を吸収しきれないため、21.1kmも走るとどこかに痛みが出ると予測した。
細かいところでは、昨年の課題だったゼッケンの装着位置を改善した。腕振りの際に当たらないよう、胸に近い位置に戻した。かつ、実際に腕を振ってみて当たらないことを確認した。
自宅から最寄り駅まで約1.3km、舞浜駅から運動公園(スタート/ゴール地点)まで約0.9kmの道のりを計24分かけて歩く。準備運動としては十分だろう。なお、ここで体力を無駄に消耗しないよう、昨年よりもペースを落とした。
会場にはスタートの50分前に到着した。ゼッケンが事前に送付されるため、受付は無い。昨年と同様、暖かい体育館で待機できるのが素晴らしい。寒さをしのぎつつ、着替えや準備運動を済ませることができる。今回は早めにスタート位置に移動すべく、その場でジャージ上下を装備解除してザックに放り込み、ランに不要な荷物をザックに詰めて預かってもらう。なお、今回は荷物預け用のビニール袋が送付されてきたため、ザックごとビニール袋に格納した。
スタート35分前にはスタート位置への移動を開始した。ハーフの部では、昨年と違ってA〜Eのブロックが設定されていた。筆者はBブロックだ。AとBの境がどの程度なのかは不明だ(持ちタイム1時間25〜30分と推測)。今回も参加者が多い(ハーフマラソンへの出走者は男性2397名、女性713名、計3110名もいたらしい!)ため、早めに行動しないと希望する位置に並べなくなる恐れがあった。昨年よりも行動を15分早めた結果、ブロック区切りの札を持った人が配置に着くよりも先に到着し、Bブロックの2列目を確保した。1列目に並ぶことも可能だったが、スタートまで30分も待たされるため、風除けが必要と判断した。なお、途中で10kmの部のスタート位置付近を通過し、ゲストの高橋尚子さんを間近に眺めることもできた。
スタート時の気温は約5度と昨年並みだった。天候は快晴で、時々太陽の暖かさを身にしみて感じる。懸念していた海風はほとんど無いとはいえ、動かずにいると相当寒かった。ランニングタイツ上下を装備しているのにも関わらずだ。そこで、時々その場で足踏みして寒さをしのぐ。さらに、手袋を装備したままスタートすることとした。但し、後で外す時のロスを回避するため、時計と重ならないように装備した。また、サングラス(眼鏡の上に着脱するタイプ)もこの時点で装備し、外さずに走りきることとした。後で着脱するとタイムロスになるためだ。
2kmも走るとようやく集団がバラけてきた。遅い人を抜き去ることも速い人に抜かれることもあるが、昨年ほど頻繁ではない。混雑が緩和されたため、自分のコースの確保には苦労しなくなった。この段階では片側2車線の公道をフルに使えたため、なるべく人のいないコースを取ることを心掛けた。ペースメーカーが存在せず、風除けも不要な状況であれば、これが最善の選択だ。また、2km付近で体が充分に温まったため、手袋を装備解除した。これで腕時計の位置が安定し、気を取られることがなくなった。但し、この時点では脚が重いと感じた。厚底靴のためでもあるし、昨朝4.0km走ったためでもあるだろう。
4km手前に長大な橋その1がある。登りでの減速も下りでの加速も最小限に抑え、消耗を抑えていく。昨年はこの辺で左すねが痛み始めた。原因として「飛ばしすぎ」「アップダウンによる消耗」が考えられたため、レースペースとして定めたキロ4分30秒から大きく逸脱しないよう、かつ橋では無理な力を入れないよう心掛けた。その結果、昨年のようにキロ4分40秒付近まで落とすのではなく、キロ4分30秒付近で粘ることができた。但し、両方のすねに微妙な筋肉痛は発生した。
なお、1km毎のラップも暗記はしないものの常にチェックしていた。1時間35分でゴールするには、キロ4分30秒で刻めば良い。従って計算も大変やりやすい。
5km手前で最初の給水を済ませた。今年はコースが一部変更となり、シンボルロードと呼ばれる大通りを往復する。給水の位置も変更されていた。また、昨年と違って手前にアクエリアス、奥に水と分かりやすく表示されていたため、首尾良く前者を補給する。立ち止まることもなく、若干減速しつつ一口だけ飲んで先に進む。ゴミ箱が設置されている場所までに全部飲むのは無理ということは昨年までの例でよく分かっていたため、残りは申し訳ないが捨てさせて頂いた。
5km地点で最初の折り返しを迎えた。今回も、5km地点には「5km」という表示があるだけだった。ラップ計測のための装置や時計は一切見当たらなかった。そこで、予定通り腕時計をチラッと見て、秒の数字だけ暗記する。
5km時点で22分49秒だった。スタートロスを除けばキロ4分31秒であり、想定よりもやや遅い。最初の1kmこそ4分29秒で切り抜けたが、その後は設定ペースであるキロ4分30秒からじりじり遅れている。とはいえ、まだ両方のすねに微妙な筋肉痛がある。呼吸も昨年より苦しい。残りの距離を考えても、まだ飛ばすべきではない。
6km前後で長大な橋その2を迎えた。基本的な攻略方針は変わらない。消耗を抑え、淡々とクリアしていく。なお、昨年とコースが変更されたため、橋は両方とも片道で済んだ。渡橋2回目を終えてからはアップダウンがほとんど無いため、フラットなコースを気持ち良く走り続けた。しかも幸いなことに、8km前後になってすねの筋肉痛が次第に引いてきた! 1kmごとのラップも改善され、キロ4分30秒を安定して切れるようになった。以後は可能な限りインコースを取り、攻めていく。
但し、今度は左足のマメが気になり始めた。普段の練習でも8kmも走るとマメに近い痛みを感じることがある。今回はマメ対策として厚底靴を装備しているものの、走行距離1000kmに近い靴では仕方ない面もある。
10km時点で45分10秒。昨年のタイムより50秒も改善された。この5kmではキロ4分28秒に上げ、最初の5kmで発生した遅れを帳消しにした。グロスタイムではキロ4分30秒ペースからまだ10秒遅れているが、着実に追い上げている。昨年と違ってすねの痛みによる影響がほとんど無かったのと、渡橋の回数が減ったのが実に大きい。呼吸の苦しさは相変わらずだが。
10kmを過ぎても周囲のランナーの速度はあまり変わらないように感じた。そのうち1人をペースメーカーと定めてついていく。前半のペースが昨年より速く、消耗していたため、抜くだけの余力は無かったし、無理に抜こうとも考えなかった。彼はキロ4分25秒前後を安定して刻んでいた。筆者にとっては普段の9.5km走とほぼ同じペースなので、心肺も脚も終始苦しかった。むしろ、彼を風除けに利用させてもらい、ぴったりついていく方が1時間35分切りに届く可能性が高いと考えた。
コースは新浦安エリアを終え、スタート地点に戻ってきた。懸念していた海風はほとんど無い。スタート地点を右折したところに、3箇所目の給水があった。ここで給水をする必要性は感じなかったため、ペースを落とさず通過する。一時的にペースメーカー氏の前に出て、もう少し前にいた人をペースメーカーにさせて頂く。しばらくの間は抜き返されることは無かった。
13km辺りからは、いよいよディズニー王国の外周の始まりだ。タワーオブテラー、火山、蒸気船等、お馴染みの建物もバッチリ見えるはずだった。だが、昨年よりもペースが速い分だけ余裕が無く、タワーオブテラー以外は目に入らなかった。
懸念していたすねの筋肉痛は完全に消えていた。だが、心肺も脚も常に苦しく、前方の獲物を抜くのは大変難しかった。周囲のレベルも明らかに昨年より上だった。ペースメーカー氏に必死に喰らいつきつつ、ごく稀に落ちてくる人を無理のない範囲で抜くだけという状況が、15km地点まで続いた。
さらに進むと、ディズニー王国裏手のホテル群が見えてくるはずだった。ところが、今回はこれも目に入らなかった。むしろ、低い位置を走っているディズニーリゾートラインが目に入った。
15km時点で1時間07分15秒だった。この5kmはキロ4分25秒でクリアした。今日の最高のラップである。この5kmに限れば昨年よりも33秒短縮し、これで昨年の自分を1分23秒引き離した。キロ4分30秒ペースに対し、グロスタイムで15秒、ネットタイムで27秒の貯金ができた。99%はペースメーカー氏のおかげだ。とはいえ、まだ1時間35分切りなど考えられなかった。もはや余力はほとんど無いのに、残り6kmもある。何らかの原因で大きく失速したら終わりだ。
一昨年は「最後の折り返し点が意外と遠く、なかなか辿り着かない」と感じた。今年は「TDRエリアに入ってから給水までの距離が遠い」と感じた。残り少ない余力を振り絞ってペースメーカー氏に必死に喰らいついていく。給水から折り返し点までの距離感は覚えていたため、絶望を感じることは無かった。
最後の折り返しで、左足のマメに無理な力がかかった。それまでは違和感に耐えつつもフォームを崩さず、ペースを落とさず走ることができていた。だが、ここを境に本格的な痛みに変わった。残り5km、気合で走りきるしかない。可能な限りフォームを崩さずに走り続ける。
しかし、やはりマメをかばうために無理な力がかかり続けていたようだ。加えて、心肺も脚もますます苦しくなった。18kmまではペースダウンを最小限に抑えていた。この時点でキロ4分30秒ペースに対して約20秒の貯金があった。だが、これで安心したためか、以後はじりじりと落ち始めた。ペースメーカー氏には少しずつ確実に引き離されたし、他のランナー数名に抜かれていった。
本来、18km以降はハーフマラソンで最もキツい区間である。そして今回はそのキツさを身をもって体感することとなった。肉体的なキツさが少しずつ確実に蓄積していくのは仕方ない。そこで、無理な加速を一切せず、安定して楽に走り続けることのみ念じて実行した。また、18kmの掲示を見た時には「あと3km! 普段のランニングコース1周分!」、19kmの掲示を見た時には「あと2km! 高々10分で終了!」と強く意識することで、苦しさをモチベーションに変換しようと試みた。
一方、ディズニー王国の外周を戻っていくため蒸気船、火山、タワーオブテラーが順に見えてくるはずだった。だが、往路と同様、タワーオブテラー以外は目に入らなかった。
19km付近で、ゲストランナーの高橋尚子さんが路上に立ってハイタッチしているのが目に入った。余力など全く無かったが、今回を逃せば金メダリストとハイタッチする機会など数年は巡ってこないと考え直した。また、ロスが数秒で済むと計算した。この後失速して1時間35分を切れなかったら実力不足であり、来年再挑戦だ。重い脚を無理矢理動かしてコースを変え、萎えかかる右手を上げてハイターッチ! これでラストスパートに向けて気力が漲り、ペースが戻るなどという都合の良いことは、残念ながら無かった。全力を使い果たすような闘いはそんなに甘くない。実際、19km以降は死ぬほど苦しく、キロ4分35秒くらいまで下がったと思う。
20km時点で1時間29分46秒。この5kmはキロ4分30秒と微妙に落ちた。18km以降の減速が響いて、貯金もグロスで14秒、ネットで26秒と目減りした。とはいえ、この5kmに限れば昨年よりも12秒短縮した。ここまで来れば、余程のアクシデントが無い限り自己ベストの更新は確実だし、1時間35分切りに向けてまだ希望はある。
グロスタイムは1時間34分51秒だった。昨年の自己ベストを1分14秒更新し、わずか9秒差で目標を達成した。ラスト1.1km弱はキロ4分38秒まで落ちた。この区間に限れば昨年の己に21秒も詰められたし、一昨年の己にも敗れた。だが、スタートロスの極小化、給水ロスの極小化、可能な限りインコースを取り続けたことなど、まさに「その1秒をけずりだせ」の積み重ねが効いた。
整理運動を済ませ、荷物を受け取った後、防寒対策としてジャージ上下を装備し、ゴール後に頂いたアクエリアスとヤクルトで給水しておく。温かい飲み物は無かったが、寒さをしのげる体育館なら問題無い。走っている間は充分に給水できず、水分は明らかに不足していたと思う。ハーフだから最後まで持ったのであって、フルではもっと余裕を持った給水が必要となるだろう。
実家に向かう。今回はほぼ全力を使い果たした上、左足のマメも痛む。このため、約3.1kmを歩く気にはなれなかった。そこで舞浜駅まで歩いて、電車で楽をした。もっとも、その後別の場所に用事があり、往復2km程度の徒歩をこなしたため、トータルの徒歩は結局3km前後だった。無事完走したことおよび近況等を報告しつつ、餅入り鍋焼きうどんを美味しく頂いた。
その後、シャワーは省略して帰宅した。ジャージ含めすべて速乾性の装備で固めていたため、不快感は全く無し。
寝ている間の左膝や股関節の痛みは全く出なかった。翌朝になっても状況は変わらなかった。但し今回も翌日の朝ランを控えており、実際に走った時にどのくらい痛んだか、あるいはどのくらいのペースで走ることができたかは不明だ。太ももの筋肉痛は翌日午後がピークだった。一昨年よく痛めていたハムストリングスや、昨年痛めていた左かかとは問題無し。一方、左すねの外側に新たに筋肉痛が来た。後半以降でマメをかばって走ったためだろう。
成功要因は五つある。
(1) すねの筋肉痛と左足のマメを除けば、体調が万全だった。
(2) ランニングタイツ上下の効果が出た。無理な力が入るのを防いでくれるのが実に大きい。後半の消耗具合が違う。さらに、走り終えた後の膝の痛みも全く出なかった。
(3) 競走の効果も出た。3000人規模の大会なので、基本的に一人旅が無い。特に8〜18kmでは複数のペースメーカーに大いに助けられ、設定ペースに対して貯金ができた。
(4) 気象条件に恵まれた。雨も降らず、覚悟していた海風もほとんど吹かず。直射日光もサングラスで防御したため気にならなかった。
(5) 坂道トレーニングの効果が出た。前半の長大な橋2つ+小規模な橋幾つかをしのいで後半に体力を温存できた。
マメが痛んだのも昨年までに無かった失態だ。原因の一つは、靴底が摩耗していたことだと考えられる。慣らす期間も考慮すると、大会の2カ月前までに新たなシューズを入手しておくべきだ。
ハーフマラソンでは次の目標として1時間30分を切りたい。理論上は、キロ4分15秒を維持すればこのタイムに届く。だが、現状の実力と練習内容では相当厳しい。今後筋力が備わってくるに従って練習の距離と速度を徐々にレベルアップさせる必要がある。無理の無い範囲で、坂道トレーニングやインターバル練習、ペース走を効果的に使い分けたい。
また、練習負荷を上げるなら、モチベーション維持・向上のための対策も必要だ。例えば昨年の己に1分ずつ勝つことを繰り返し、数年計画で到達する手もある。また、10kmのタイムを改善し、ハーフに適用していく手もある。今シーズンを終える前に、もう一度ハーフを走っておくのも有効と考える。