西穂独標登山



●概要

・往路:上高地→西穂高登山口→西穂山荘→西穂独標
・復路:西穂独標→西穂山荘→新穂高ロープウェイ→新穂高温泉
・5人パーティ(ぽかたん、むな、どらぐ、れえる、筆者)
・計画では西穂高岳、間ノ岳、ジャンダルム、奥穂高岳、涸沢岳に登頂予定だったが……
・西穂独標直後に怪我人が出たため、即下山
・2泊3日予定だったが、山行は1泊2日。以後は下界でカードゲーム

●動機、戦略、準備、感想

奥穂高岳登山の動機
奥穂高岳登山の戦略
奥穂高岳登山の準備
奥穂高岳登山の感想

●登山日記:目次

日付概要
2012.9.7(Fri)西穂独標登山 〜西穂山荘(2385m)まで〜
2012.9.8(Sat)西穂独標登山 〜独標到達後に下山〜
2012.9.9(Sun)東京へ帰還


奥穂高岳登山の動機

奥穂高岳(3190m)とは、富士山・北岳に次ぎ日本第三位の高峰である。周辺には涸沢岳(3110m)、北穂高岳(3106m)、前穂高岳(3090m)という3000m峰が連なり、大キレットやジャンダルム(3163m)、西穂高岳(2909m)を含む難易度の高いルートが存在する。これらを含め、登りがいのある山と言えるだろう。

筆者は2008年、2009年と続けて富士山に登頂した。その過程で次の目標として挙がってきたのは「日本国内のさらなる難山に登る」「日本百名山に登る」「海外の高山に登る」の三点であった。ここで日本国内のさらなる難山とは槍ヶ岳(3180m)、剱岳(2999m)、奥穂高岳(3190m)等を、海外の高山とは玉山(台湾最高峰、3952m)やキナバル山(マレーシア最高峰、4095m)等を意図していた。

今回は奥穂高岳を選定した。上記に挙げた「日本国内のさらなる難山」で唯一残った山であるためだ。


奥穂高岳登山の戦略

今回は奥穂高岳登頂のみならず、周辺の3000m峰をまとめて登るという目的があった。さらに、周辺の高難易度ルートにも是非とも挑戦したいと考えた。

しかし、これらすべての山やルートを2泊3日でこなすのは非現実的だ。そこで、奥穂高岳の北側と南側で分割し、2回に分けて行くこととした。このうち北側については、大キレットを経由して南岳から槍ヶ岳に至る。槍ヶ岳〜南岳のルートは2009年に経験しているため、今回は南側を選定した。即ち、奥穂高岳、前穂高岳、ジャンダルム、間ノ岳、西穂高岳が目標となった。

次にルートを選定した。大きく分けて、奥穂高岳から西穂高岳に向かうか、その逆かの二択である。この難ルートは標準コースタイムが9〜10時間であり、途中に山小屋や避難小屋は無い。また、テントや食料を持つことで荷物を重くするリスクは避けたかった。さらに、1日目に穂高岳山荘まで一気に登る場合、疲労や高山病のリスクがある。以上を勘案した結果、1日目に西穂山荘まで登り、2日目に難ルート経由で穂高岳山荘に到達し、3日目に下山するというプランを導き出した。

なお、今回は下山後の温泉を考慮していなかった。日程調整上、2泊3日が精一杯であったためだ。有給休暇を含めた4連休を全員が同時に確保するのはもはや不可能であるし、お盆やシルバーウィークは混雑が予想されるため避けたかった。


奥穂高岳登山の準備

登山装備として、ヘルメットツェルトを新規に購入した。前者は、落石対策である。過去に登ってきた槍ヶ岳や剱岳では落石が発生する場所が限られるため、素早く通過すればヘルメットは不要と判断していた。しかし今回はルートが長く、落石が発生する場所も多数存在する。このため、装備品に加えることとした。ツェルトに関しても、今回は途中でビバークする可能性が今までの登山よりも高いとの判断から、持参することとした。

他の装備は剱岳と基本的に同様だ。即ち、夏山用フリースは持つが、キナバルに持っていったダウンは持たない。また、荷物の軽量化を目指し、ストックを持っていかないこととした。これは膝回りの痛みが出た場合の装備だが、ここ2年は使っていない。膝トレーニングも継続しており、持参しなくても問題ないと判断した。

往復の交通機関の切符は、買えるものはすべて事前に購入しておいた。これにより、当日朝の忙しい時間帯にバタバタする事態を回避した。今回は往復ともバス(さわやか信州号)を利用した。


2012.9.7(Fri)

奥穂高岳登山 〜西穂山荘(2385m)まで〜

●上高地まで

7:30のバス(さわやか信州号)で、新宿を出発する予定だった。ところが、直前になってYuzoがのどの痛みでキャンセル。さらにれえるがまさかの遅刻(7:07起床!)。さらにぽかたんも出発3分前になってギリギリの登場! ついでに筆者は、7:02には新宿駅に到着していたが、バス乗り場を発見するまでに約3分迷った。新宿駅から歩いてきたどらぐが、反対方向から歩いてきた筆者と遭遇したのはこのためだ。このように、出発から波乱含みの展開だった。次回以降、当日モーニングコール連絡体制が必要か。

新宿から上高地へはバスで直行だ。SAや道の駅で休憩しつつ、大半は寝ていく。平日午前という大半の人が働いている時間帯に、寝ながら遊びに行くのは最高の贅沢だ。なお、2回目の休憩時にバスの予約担当に電話して、キャンセル(行き5名中2名、帰り5名中1名)の事後処理をしておいた。即ち、キャンセルしたタイミングおよび、返金方法の確認だ。出発後にキャンセルするとキャンセル料を100%取られるが、出発直前に一報しておいたため50%で済む。

上高地に近付くと、岳沢方面の穂高連峰の山並みが見えてきた。青い空と白い雲に山並みが映え、絵になる景色だ。そして今回はあの険しい山々を縦走するのだ。血沸き肉踊り、挑戦心が掻き立てられた。

上高地は、登山基地というよりも観光地だ。登山者とそうでない人が混在している。まずは腹ごしらえということで、食堂でぶっかけそばを食べておいた。信州ではそばが名物らしい。ぽかたんとどらぐは食欲旺盛で、アイスクリームまで平らげていた。筆者もこのアイスクリームには食指が動きかけたが、登山中の下痢につながる懸念があったためやめておいた。

梓川から穂高連峰を望む(撮影:ぽかたん)昼食はぶっかけそば

●西穂小屋まで:予定と実績

予定実績場所
12:4513:15上高地バスターミナル
13:1013:43西穂高登山口
14:3014:XX中尾根
16:0016:35西穂小屋

●西穂小屋まで

昼食後、荷物整理や準備運動を済ませ、30分遅れで登山を開始した。この日は約3時間半かけて西穂山荘まで到達すれば良い。途中に難所は無く、時間の余裕もある。まずは西穂高登山口まで、川を横目に1.5kmほど平地を歩く。ということは、昼飯さえ事前に調達しておけば、上高地バスターミナルまで乗る必要は無く、その前の帝国ホテルで降車した方が良かったか。

梓川を横目に平行移動を約1.5km西穂高岳登山口

西穂高登山口から先はそこそこガチな登りだった。計画段階では「いい準備運動になりそう」と考えていたが、振り返れば実際その通りだった。もっとも、筆者は7月の富士山以来2カ月も登山をしていなかったこともあり、ややキツい場面もあった。ぽかたんに先頭に立ってもらい、筆者は最後尾をキープしていた。キツさの原因は、序盤は虫、中盤以降は先が見えないことだ。中間点の「中尾根」の看板が分かりづらかったのに加えて、「あと○○km」「あと○○分」という標識がほとんど存在しなかった。目印として、「西穂山荘← →上高地」という看板が点在しているのみであった。目的地までの距離と高度差は自分で地図とコンパス、高度計を持って測定しろってか。

樹林帯の中の橋。滑落するとヤバい中尾根の看板。西穂山荘まで1時間30分

2000mを超えたあたりから、高山病の前兆と思われる微頭痛が発生した。今回は高気圧に覆われており、気圧はそこそこ高かったはずだが。しかし、夕食を食べる頃には症状がほぼ消えていた。

後半戦もそこそこガチな登り西穂山荘が見えた!

西穂山荘には16:35に到着した。上高地バスターミナルから3時間20分、西穂高登山口からは2時間49分。我々にとってはほぼ予定通りだ。先着していたおばちゃんから「私たちは3時間半かかったよ。若い人は速いねー」なんて言われたが、もっと速い人はいくらでもいるはずだ。なお、このおばちゃんによると「西穂山荘から穂高岳山荘まで7時間」とのこと! コースタイムは9〜10時間のはずなのに。天候に恵まれ、怪我人も無く、渋滞やすれ違いがほとんど無かったためだろうか。

西穂山荘前で(撮影:ぽかたん)少し遅れてむなとれえるも到着(撮影:ぽかたん)

西穂山荘の夕食は極めて充実していた。特に嬉しかったのはご飯と豚汁がお代わりし放題ということだ。むなとぽかたんは豚汁を3杯平らげていたような! 筆者も昨年の剱岳以来となるお代わりを敢行した。

充実の夕食(撮影:ぽかたん)ナポレオンのひどすぎる配牌

夕食後は別館でマンマミーヤとナポレオン。マンマミーヤは惨敗で、焼くことに成功したピザは1枚のみだった。カード運が全く噛み合わず、狙っていた材料を他の人に直前でかすめ取られることの繰り返し。ナポレオンも振るわず。こちらは配牌が「絵札ゼロ、2が1枚のみ」というどうしようもないこともあった。

就寝前に、水の補給と歯磨きを忘れずに。ここまで水とPocariを計1リットル弱消費したため、水で埋めておいた。ちなみに粉末Pocariの袋に水を入れて中身を全部消費しようと目論んだが、中身の濃厚Pocariが残っていて、それが後でザック内に滲み出してとんでもないことになった。

睡眠環境は、富士山の山小屋ほどではないがひどかった。同室のおっさん6人組のいびき、歯軋り、寝言、屁! 6人がそれぞれ別の音を発生させ、壮大なオーケストラを奏でていやがった。ついでに、部屋の幅が狭い状況で「頭胴足足胴頭」のように寝るため、対面の人と足が当たるし。横になっていたのは6時間半ほどだが、熟睡したのは果たして1時間あったかどうか。


2012.9.8(Sat)

西穂独標登山 〜独標到達後に下山〜

●西穂独標まで:予定と実績

予定実績場所
4:004:20西穂小屋
5:305:38西穂独標

●山頂まで

3:00に誰かのアラームが鳴った時点で、ほぼ覚醒していた。というよりも、騒音の影響でろくに眠れなかった。3:30に問題なく起床。まずは速攻でトイレを済ませておく。何しろ穂高岳山荘までトイレは無いと想定される。特に大きい方はここで出しておかないと、ほぼ確実にキジウチをする羽目になるだろう。

次に、外に出て天気を確認する。雲は多少あったが、オリオン座がはっきり見えた。小屋の中のテレビで天気予報を確認したところ、降水確率は相変わらず50%となっている。つまり、午前中に可能な限り時間を稼げば、雨が降り始める前にジャンダルム周辺には到達できそうだ。その後は、雨が降ったらジャンダルムと奥穂高岳を巻き道で回避し、全力で穂高岳山荘に逃げ込めば良い。その場合、ジャンダルムと奥穂高岳の登頂は3日目に回すこととなる。

部屋に戻ってみると数名が起床し、準備を開始していた。布団をたたみ、弁当を受け取り、ヘッドランプと夏山用フリースを装備する。西穂山荘前で記念撮影を済ませ、4:20には出発した。

夜明け直前、まったりとした登り独標らしき場所が見えた!

しばらくの間はやや急な登りが続いたが、すぐに傾斜が緩くなった。森林限界に到達し、見通しも良くなった。ぽかたんに先導してもらい、速すぎず遅すぎずのペースで快調に登る。次第に夜明けが近付き、ヘッドランプが不要になる頃、最初の目標である独標が見えてきた。

独標直前の岩登り独標直前の岩登り2

独標の直前にはそこそこ急な岩登りが待っていたが、槍の穂先や剱岳と比較すれば楽勝だ。出発時の20分遅れを8分遅れにまで縮めつつ、あっさりと独標に到着した。ここで朝食とする予定だったが、風が冷たいため、記念撮影だけ済ませて先に進むことにした。

独標に到着(撮影:ぽかたん)御来光!(撮影:ぽかたん)

ところが!

独標から先の岩下り中、前方から悲鳴が。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ やっちゃった……」

相当痛そうだ。どうやら肩を脱臼してしまったらしい! と言っても滑落したわけでも、打撲したりひねったりしたわけでもない。岩に手をついた瞬間に、古傷が再発したとのこと。とりあえず進軍を中止し、スマホでいろいろ調べてはめ直そうと試みるも、

素 人 に 修 復 で き る ほ ど 簡 単 な 脱 臼 で は な か っ た !

事前に決めておいたエスケープ要件の一つとして、行動に支障が出るレベルの怪我人が出た場合があった。まさかこれが現実になるとは。それにしても、怪我発生がこの場所で本当に良かった。さらに数時間進んでいたら、進退きわまってヘリを呼ぶ事態もあり得たと思う。

さて、独標からの最短エスケープ手段は、西穂山荘に戻ることだ。負傷したれえるはザックを持てないため、どらぐと筆者が分担して運ぶ。独標付近の岩場ではザックを2つ持つと危険すぎるため、往復しつつ1つずつ運ぶ。それ以降はさほど難しい場所が無いため、時々交代しつつ2つ持つ。途中で朝食を喰いつつ、休憩を多めに取りつつ、7:50に西穂山荘に帰還した。

朝食の弁当。他におにぎり2個行きでは暗くて見えなかった丸山

山小屋には肩の脱臼の処置ができる人はいなかったが、ロキソニンと三角巾を提供してもらい、かつ下界の病院を幾つか教えてもらった(栃尾地区の病院、日赤高山病院、松本市内の病院)。さらに三角巾の処置も。後で行った病院の先生よりも手馴れていて、感嘆の声が上がった。

西穂山荘まで戻ってきた(撮影:ぽかたん)三角巾の処置はプロ級(撮影:どらぐ)

西穂山荘からロープウェイ駅までは、そこまでと比較すれば楽な道である。ザックを2つ持って歩くのもかなり楽になった。

さらば穂高連峰。来年また挑戦だ新穂高ロープウェイ側の西穂高岳登山口

ただ、ロープウェイ駅に到着してみると、「一般人立ち入り禁止」みたいな掲示がしてあった。確かに、登山靴でないときつい場所もあるだろうな。さらに、下山禁止 遭難の恐れありの看板もあった。強風等でロープウェイが停止した時に、徒歩で下山しようとした一般人が過去にいたのだろうか。我々は装備は十分だったが、重傷者を連れている状況で徒歩下山はあり得ない。ロープウェイでさくさくっと下る。

下山禁止ときたもんだ新穂高温泉まで一気に下ってきた

途中の駅で大変食欲をそそるクロワッサンの香りが! いい商売してます。徒歩なら約3時間かかるところを、10分程度で下山完了。

いい商売してます(撮影:ぽかたん)クロワッサン(撮影:ぽかたん)

新穂高からはひたすらバス。待ち時間を利用して病院を検索する。こういう時にスマホがあると大変便利だ。2009年の槍ヶ岳からの下山後に宿泊した深山荘を横目に、まずは平湯温泉まで。

昼食はここのバスターミナルでテキトウに。足湯が気持ちいい!

平湯温泉の足湯源泉と思われる熱い湯もある

さらにバスで沢渡まで行き、ここからはむな車で行動する。向かった先は松本市内の病院だ。来意を告げ、早速診察してもらう。残りのメンバーは待合室で待機。れえるの悲鳴が聞こえるかと思いきや、なかなか聞こえない。暇を持て余したため、登山失敗して皆で意気消沈している写真を撮影してみたり。

意気消沈の図

約30分後、病室に呼ばれ、れえるの荷物を持っていく。ついでにレントゲン写真を見せてもらう。処置前と処置後の肩骨の写真が並べてある。ここまで見事に外れるものなんですねー。そして見事に戻るものなんですねー。なお、れえるによると、当初は脱臼処置の経験がほとんどないおばちゃん先生がやろうとしてうまくいかなかったらしい。その後、経験豊富な院長のおばあちゃん先生が、左右に振った後にすとんと入れたとのこと! ……とにかく無事に入って良かった。

れえるは即帰宅することに。ザックは背負えないためコンビニから宅配便で発送し、貴重品だけ持って松本駅から電車に乗る。途中、バス会社に連絡して1人分のキャンセルを依頼した。この日のうちにやっておかないとキャンセル料が上がるためだ。

次に旅館へ。これまた事前にスマホで調べておいた富田屋別館へ。剱岳の時の「だんごや」ほどではないが、神宿に近い宿だった! まず、何と言っても風呂が気持ち良すぎ! ちなみに、当初予定では奥穂高岳まで登った後に下山し、風呂に入らないまま帰宅だった。一方で、筋肉痛が全く出ないので物足りなさも感じた。上高地(1600m)〜西穂山荘(2385m)〜西穂独標(2701m)、この程度では負荷が足りない。下山もロープウェイ駅(2156m)までだったし。

メシもなかなか。デザートのブルーベリーゼリーがマジ最高だった。

充実の夕食デザートのブルーベリーゼリー

メシ前後にカードカタンとナポレオンに興じる。カードカタンではぽかたんが7点から一気に3点取り、決着した。他3人が8〜9点で潰し合っている間にするする〜っと抜け出した。

カードカタンの図ナポレオンの素晴らしい配牌

ナポレオンでは昨日とはうって変って配牌が良く、スペード6枚(AKJ10含む)にハートAを持っていたこともあった。ところが、副官に裏J所有者を指定したところ、何と場の余り札の中にその裏Jが! さらにスペードを1枚獲得して7枚となったが、ナポレオンと副官を兼ねる形になり、1:3となっては勝てなかった。この手札でも厳しいとは!

■ナポレオン勝敗表

PlayerRoundTotal
12345678910
doragu1-122-1-11-11-12
むなすぃ-12-1-11-11-2-12-1
Pocari-21111211-1-14
dqmaniac1-1-1-1-21-3121-2

翌日は乗鞍岳(車で2700m地点まで登れる超楽勝百名山)に登ることにして就寝。こんな機会でもないと、敢えてこの山に登るためにここまで出向くことは無いだろう。とプラスに捉え、登る気満々だった。ところが……!


2012.9.9(Sun)

東京へ帰還

まずは朝風呂で一気に覚醒! 爽快すぎる。朝飯もまずまず。ご飯・味噌汁お代わりし放題!

充実の朝食にゃ〜ん

朝食後はしばらく畳の上で仮眠〜 っと! 乗鞍岳登頂には時間が足りないのでは!? という事実にどらぐが気付く。マイカーを使えるのは麓の駐車場までで、その先はバスに乗り換えて片道1時間。2700mの駐車場から山頂までは片道1時間半。麓の駐車場まで1時間以上。下山後上高地まで行くのに1時間以上。16:30には上高地からバスに乗るという制約が意外と厳しい! というか無理じゃんwww

結果的に、チェックアウト後にもロビーでカードゲームを続行することに。6ニムトを5ゲームほど。このゲーム、幾つかのセオリーさえ守れば後は運ゲー以外の何物でもないと思う。なぜか毎回勝利するのは、単に運が良いためだろう。

■6ニムト勝敗表

PlayerRoundTotal
12345
doragu4121423154
むなすぃ3201331756
Pocari2351182572
dqmaniac991014648

昼食は、これまたぽかたんがスマホで見つけてきた浅田で信州そばを堪能することとした。13時過ぎの到着だったが、既に7組が待っており、食事開始は14時頃となった。しかも我々まででこの日のそばが売り切れたらしい。いいタイミングだった。十割そばと通常のそばの違いが今一つ分からなかった。大根は特注品を使用しているらしく、なかなかの味だった。

昼食のざるそばこちらは十割そば(撮影:ぽかたん)

ここで、上高地16:30着のバスに間に合わせるのは意外とシビアなことが判明。まずはむな車で沢渡まで。その後、バスに乗ると間に合わないと見切ったため、タクシー! マイカー規制のお蔭もあってスイスイ進み、結果的に30分早く到着した。土産は宿でも出てきたくるみ餅とする。自宅と職場で9個450円×2セット也。なお、バス乗車時にちょっとした行き違いがあった。5人で予約し、2人キャンセルし、3人となったはずが、なぜか1人と認識されていた。その場でクレーム。たまたま別のバスの席が固まって空いていたこともあり、問題なく乗車できた。


奥穂高岳登山の感想

最後に今回の収穫をまとめて記しておく。

●今回の収穫

怪我が発生したのは残念だが、その後の対処は極めて良かったと思う。即エスケープの判断を全員一致で行い、素早く行動して安全に下山を完了した。怪我をしたれえるにとっては心身ともに痛く残念な結果に終わったことと思うが、タイパー登山部としてはこのような経験を積めたことが将来きっと活かせると思う。

また、今回は膝対策としての杖を持参しなかった。理由は、荷物を可能な限り軽くしたかったためである。今回は与えた負荷が少なかったため膝の痛みは出なかったが、果たして当初計画を完遂した時にどうなるかは分からない。

高山病に関しては、高度2000m前後で頭痛が発生した。西穂山荘で夕食を食べ終える頃には消えていたが。今回は1日目に標高2385mの西穂山荘に宿泊し、2日目に最高3190mまで登るという計画であり、高度順応は十分に獲得できるという目論見であった。今回は最高2701mまでしか登らなかったため、高山病は勃発しなかったと考えられる。当初計画通りに高度を上げた時にどうなるかは分からない。

●今回の反省

登山計画に無理があったとは思えない。滑落やバランス崩壊による怪我ではないし。天候さえ持続すれば、十分に達成可能だったと思う。

一方、肩の脱臼という偶発事まで想定して計画を立案するのは非現実的だ。これでは、難易度の高い山には一生登れないということになりかねない。これに関しては、今回と同様、エスケープ計画を万全に立てておくこととしたい。

また、当初計画では下山後の温泉という重要な要素が抜け落ちていた。スケジュール調整は困難だが、可能な限り採り入れていきたい。

●総括と今後

当然ながら、今回計画したルートには将来必ず再挑戦する。一方で、大キレットの方が難易度が低いことから、次回は「奥穂+大キレット+槍ヶ岳」にしようという案もある。いずれにせよ、来年もしくは再来年のガチ登山のメイン企画となることは間違いない。


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