2014年に入り、まず5月24日に挑戦した。ところが、事前のリサーチが甘く、雪山装備を持たずに特攻した結果、残雪に阻まれ敗退した。6月下旬以降にリベンジの計画を立てたが、6月27日に梅雨、7月4日に仕事、7月11日に台風8号と相次いで延期を余儀なくされた。この7月18日も、天気予報ではまだ梅雨が明けず、日光市の午後3時以降の降水確率が50%となっていた。つまり、山奥ではほぼ確実に雨天が見込まれた。だが、他の山行計画等を考慮すると、この7月18日が今年最後の機会であった。従って、止むを得ず決行した。
今回も、公共交通機関のみを利用しての日帰りという要素を組み込んだ。本来、日光白根山に湯元温泉側から登る場合、避難小屋を利用しての一泊二日がセオリーとなる。だが、標準コースタイムは約9時間であり、頑張れば日帰りも可能と思われた。交通機関を調査したとしころ、始発に乗車すれば余裕を持って終電までに帰宅できることが判明したため、実行に移すこととした。
装備・持ち物は、基本的に蛭ヶ岳日帰りと同じである。既に7月中旬であり、登山を阻むレベルの残雪があるとは考えられなかった。このため、雪山装備は一切持たなかった。
水や電解質も、蛭ヶ岳日帰りと同程度とした。即ち、水2.5リットル、粉末POCARI、ウィダー類3個である。これに限らず、荷物を最小限とすることに気を配った。下山時の膝へのダメージを可能な限り軽減するためだ。そこで、膝対策としては右膝サポーターのみを持参し、着用した。ストックは不要と判断し、持参しなかった。
さらに、まるごと日光 東武フリーパスを事前に購入し、当日に切符を購入する手間を省くとともに、交通費を約1500円節約した。北千住駅での乗り換えに余裕が無かったため、この選択は正解だった。なお、5月24日の挑戦前にこのフリーパスを購入した時には、Webサイトに掲載されている通り、4520円だった。ところが今回は、近畿日本ツーリストで540円、JTBで1080円もの高額な「他社切符手配手数料」なるものを別途要求された。このような手数料については、東武のWebサイトには一切記載されていない。従って当然断り、日本旅行にて手数料0円で購入した。
日光白根山登山の動機
日光白根山とは、日本百名山の一つであり、関東以北の最高峰でもある。しかも、東京から比較的アクセスしやすい。そこで、昨年10月末に登山計画を立案した。ところが、台風襲来や子供誕生等で先送りにしているうちに、雪山シーズンに入ってしまった。筆者の未熟な雪山技術で白根山に挑むのは明らかに無謀であると考え、次の夏山シーズンを待つこととした。
日光白根山登山の準備
標準コースタイムが約9時間なので、登りで1時間詰めることを前提に、8時間で計画を立案した。今回も始発に乗車することで、ゆっくり歩いた場合でも湯元温泉発の最終バスまでに余裕を持って下山できるようにした。さらに、国境平や五色山に予定通りに到着できなかった場合や、天候が急変した場合、そして膝に痛みを感じた場合には、奥白根山を諦めて下山する予定とした。
東武日光駅前。山の方は雲に覆われていた |
湯元温泉行きのバスはガラ空きで、登山用の装備をした人は皆無だった。降水確率50%の予報が出ていると、こうも違うのか! ま、妥当な判断だろうな。筆者は終点の湯元温泉で下車。登山客は、他に誰もいなかった。既に9時を過ぎている。この時間から登り始める人は稀なのだろう。……と、この時点では思い込んでいた。
予定 | 実績 | 場所 | 備考 |
---|---|---|---|
9:15 | 9:08 | 湯元温泉バス停 | |
10:05 | 9:52 | 五色山への最初の標識 | |
11:00 | 10:35 | 国境平 | |
11:40 | 11:05 | 五色山 | 2379m |
12:40 | 11:40 | 弥陀ヶ池 | |
13:25 | 12:30 | 奥白根山山頂 | 2578m |
白根山登山口 |
前回と同じルートを進み、白根山登山口へ。なお、太い柱に大書された場所で左折するのではない。ここでは前回と同じように間違えて、引き返すことになった。そのまま少し直進したところにある、木製の階段の横に小さく書いてある方が正しい登山口だ。
しばらくの間は傾斜も緩く、ハイキングの趣だった。だが、地図が示す通り、やがて急な登りとなった。石鎚古道を彷彿とさせる道だ。ペースを上げないように注意しながら、一歩一歩着実に歩みを進めていく。前回は雪に覆われていた区間も、既に雪が融けており、多少歩きにくいものの問題無く進むことができた。
木の根あり、岩ありの険しい登り | 前回は雪に覆われていた場所 |
やがて、急な登りの区間を終えた。五色山方面への立て札を見かけたため、道は間違えていない。さらに、前回撤退を強いられた場所までは、雪が無かったため、問題無く到達できた。だが、笹はいよいよ背が高くなり、登山道をほぼ塞いでいるような場所もあった。
五色山方面を示す立札。ここで小休憩 | 前回撤退した場所付近 |
先に進むと、笹がいよいよヤバくなってきた。しかも、時々降る雨の影響で、濡れている。そこを強引に突っ切るため、雨具の下を装備していなかったこともあり、下半身がずぶ濡れになった。さらに進むと、胸の高さまである笹が現れた。両側の笹が登山道を塞いでいる所もあった。上半身には速乾性シャツ1枚のみを装備し、藪漕ぎしながら進んでいく。腕に傷のつくような笹ではなく、急な登りで火照りまくった上半身を冷やすのにちょうど良い。とはいえ、体力が次第に奪われていくのは避けられない。
もはや完全な藪漕ぎ | 藪漕ぎはまだまだ続く |
藪漕ぎを繰り返している間、ひょっとして登山道を外れたかもしれないという疑念は常にあった。だが、少し先に進むとまともな道が見えることがほとんどだったし、時々ある標識や登山道マークも助けになった。
国境平に到着。ほっと一息 | この季節でもまだ雪渓が! |
登り始めて1時間半で、国境平に到着した。予定をかなり上回っている。だが、ここまでの藪漕ぎでかなり消耗していた。そういえば、国境平までは誰にも遭わなかった。この藪漕ぎの道を好き好んで突破しようとする人は珍しいのだろう。さらに、雨具の上が必要なレベルの雨が降り始めた。さらに、国境平の少し先で、雪に覆われた道も一箇所だけ存在した。雪の上を歩くと普通に滑ったため、迂回とキックステップを駆使して突破した。
五色山の手前で休憩 | 湯元温泉は遥か遠くに |
五色山まであと少しという所で、バテ気味になった。ちょうどいい感じの休憩ポイントに到着し、雨も一時的に止んだため、ウィダーを1個摂取する。これで復活した。また、五色沼の反対側に、避難小屋らしき建物の屋根を見出した。緑に覆われた山林の中、あの赤い色は大変目立つ。むしろ、登山者からの目印となるように場所を選定しているのだろう。
五色山頂 | 五色沼を望む。反対側に避難小屋 |
数分後に五色山に到着した。ここまで来れば、弥陀ヶ池まではまったり区間だ。さらに、五色沼がようやく見え始めたため、テンションが上がる。奥白根山の頂上付近はまだ雲に覆われていたが。
まったりコースを進む | 奥白根山の山頂は雲に覆われていた |
そこから先は今回の山行で最も楽しい区間だった。傾斜が緩く、藪漕ぎが必要な道もなくなったため、弥陀ヶ池までスイスイと進む。この時点でスケジュールを1時間上回り、3時間半での奥白根山登頂も見えてきた。
五色沼は刻一刻と見え方が変わる | 雨も止み、奥白根山を眺めつつスイスイ進む |
弥陀ヶ池の少し手前で、鹿と遭遇した。登山道を塞ぐ形で、両側に張ってあるロープを無視して入り込んでいた。ま、本来は彼らの暮らす山だからな。しばらくの間は至近距離で写真を撮影するなどしていたが、なかなかどいてくれない。結局はこちらからじりじりと進んでいってどいてもらった。
至近距離から撮影しても逃げない鹿 | 弥陀ヶ池に到着 |
弥陀ヶ池では小学校の遠足らしき一団に遭遇した。奥白根山に登るわけではなく、池や沼を見つつ、ロープウェイでまったり戻るのかな。池のすぐ先で、幾つか分岐がある。筆者のすぐ前にいた中高年グループは、菅沼方面へ下山していった。
弥陀ヶ池から一気に高度を稼ぐ | 次第に岩が増えてくる |
さて、いよいよ奥白根山への最後の登りだ。国境平までで消耗した体には、意外とキツイ。しかし、今までと違って、奥白根山への道のりを示す標識があった。残り0.8kmと分かっていれば、多少の急登でも恐るるに足りない。むしろ、降り続く本降りの雨に閉口した。時々立ち止まって休憩しつつ、一歩ずつ確実に歩みを進めていく。
何やら花が咲いている | 森林限界へ。天候は一気に悪化 |
山頂付近で、下山してくるパーティと遭遇した。まだまだ険しいよ、と話しかけられたので、下りもまだまだ続きますよ、お気をつけて! と言って別れた。実際には、その後数分で山頂に到達した。
山頂付近は岩登り | 風雨の中、ゆっくり確実に登る |
山頂は霧に覆われ、危うく見落とす所だった。ちょうど、別の方向から2人組が登ってきたため、迷わずに済んだ。そして、予定を約1時間上回り、3時間22分で登頂を果たした。彼らは丸沼からの登頂とのことだった。お互いに山頂の標識をバックに写真撮影。濃霧のため、他に背景となるべき景色が無かったのが残念だが。
奥白根山に登頂 | 三角点 |
予定 | 実績 | 場所 | 備考 |
---|---|---|---|
13:35 | 12:32 | 奥白根山山頂 | 2578m/写真撮影2分 |
14:15 | 13:13 | 五色沼避難小屋 | 休憩13分 |
15:00 | 13:52 | 前白根山 | 2373m |
15:45 | 14:21 | 外山付近 | 通過 |
− | 15:12 | 「白根登山道」標識 | |
17:05 | 15:37 | 湯元温泉バス停 |
ところが、濃霧で先が見えない。山頂の手前で、少し先に小さい鳥居が見えたことを思い出し、まずはそこを目指す。やがて、ロープウェイ駅に通じる分岐を見出した。だが、ロープウェイで丸沼方面に下山するととんでもないロスになる。この分岐に進んではいけない。濃霧の中、やや不安になりつつ別の方向に進むと、ようやく避難小屋へのルートを示す標識を見出した。
奥白根神社。山頂駅に向かってはダメ | 濃霧の中、避難小屋方面へ半信半疑で進む |
後は下山するだけだ。山頂付近(火口周辺)はいよいよ風雨が激しく、速乾性シャツと雨具の上だけでは普通に寒い。最優先で高度を下げ、雨風をしのげる場所まで行かないと、低体温症になってしまう。よって少しペースを上げ、山頂付近の危険ゾーンから脱出した。すると今度は急な下りになったが、寒さに震えるよりはまだマシだ。
やっと見つけた避難小屋方面への標識 | 五色沼を見つつ、高度を下げていく |
この下山ではそれなりに難儀した。だが、後で思い起こすと、外山付近から湯元への区間に比べれば遥かにマシだった。風雨は次第に弱まってきたし、膝もそんなに消耗していない。とはいえ、ここで膝を消耗すると、後で湯元への下りで難儀することになるのは目に見えていたため、慎重に下っていく。そしてついに、登りで五色沼の反対側からチラッと見えたあの避難小屋の屋根が見えた。目標が見えればテンションも上がる。避難小屋に辿り着いたのは数分後だった。
それなりに急な下り | 避難小屋に到着 |
避難小屋というと、男体山にあるような、風雨や雷をしのぐだけの小屋を思い浮かべる。だが、今回の避難小屋は、そんな筆者の予想を遥かに越えていた。内部は中二階がある構造で、ハシゴが備え付けられ、何と毛布まで用意されていた。さらに、自炊用と思われる調理場もあった。
筆者が休憩した13分の間、他には誰も居なかった。ここでウィダー2個目を流し込み、さらにおにぎりを1個摂取する。体が冷えた状況で固形物をいきなり食べても体が受け付けないと思われたからだ。実際、ウィダーを流し込んだ後でも、おにぎりを1個食べるのがやっとだった。しかも、雨具の装備を怠っていた下半身が冷え、頭痛や寒気が始まった。よって、即座に出発する。体の冷えは、この後に待ち受ける前白根山への登りで体を内部から温めてしのぐのが良いだろう。
なお、避難小屋に一泊することは全く考えなかった。そのための食糧は持参していないし、そもそも明日の天気予報も雨だった。従って、今日中に、可能な限り素早く下山するのが唯一かつ最善の選択だ。
実際、前白根山へのやや急な登りを5分もこなすと、頭痛も寒気も完全に消え去った。この区間ではややペースを上げ、避難小屋出発後26分であっさりと登頂を果たした。山頂の少し手前では登山道が分からなくなり、砂礫の道を強引に登る羽目になった。一歩進んでは三分の一歩戻るありさまだ。恐らく登山道を外れてしまったのだろう。だが、目標とするピークは常に見えていたため、迷うことは無かった。
前白根山への登り。五色沼との別れ | 前白根山頂 |
前白根山を過ぎると、湯元方面を示す標識が何度か登場した。どこかに外山への分岐があるはずだ。外山は最短ルートからやや離れた場所にあるため、計画では余裕がある場合にのみ登るつもりだった。今回は雨という悪条件で、しかも下半身が濡れて冷えていたため、外山はカットするのが妥当と思われた。ところが、外山方面を示す標識は最後まで見出せず。標識を見落としたのか、地図を読めていなかったのか。結局外山に向かうことなく、一直線に湯元へ下山することとなった。気付いたのは、左方向に曲がり、急斜面を5分ほど降りたあたりだった。もはや戻る気にもなれず、そのまま下山を続行した。
天狗平。この辺まではまったりした道 | この辺が外山周辺だったのかな |
この下山は、今までに経験した中で最も厳しい下山の一つだった。ガレ場が延々と続き、しかも雨の影響で大変滑りやすい。場所によっては、下山道を雨が小川の如く流れ下っていたり、水たまりが延々と続いていたりした。そんな悪路で、膝に(というよりも足全体に)ダメージが行かないように、細心の注意を払って下山を続けた。それでも、なかなか完璧とはいかない。右足の親指の爪には少なくとも二回、猛烈な痛みが走った。滑ったり転倒しかかったりしたことは、一度や二度ではない。致命的なダメージを受けないよう、全身を使って転倒を防ぐ。足だけでは着地が困難な場所や、膝にダメージが大きそうな段差では、両手を駆使して、岩や木の枝を持っての下山となった。明日には上半身全体に筋肉痛が来ることだろう。
ガレ場の下り。雨の影響で滑りやすい | 悪戦苦闘しつつ慎重に下る |
このような困難な下山を辛抱強く1時間ほど続けた結果、ようやく先が明るくなってきた。どうやら湯元が近いらしい。と思ったら、白根沢の雪渓の近くに来ただけだった。
ようやく先が見えてきた | 白根沢の雪渓 |
さらに危険な下山を続行し、15時を過ぎた頃、ようやく人工物が見え始めた。数分後に、ついに「白根登山道」を示す石碑を見出した。15:12のことだった。
白根登山道を示す重厚な石碑 | 白根登山口 |
ここからの道のりも長かった。湯元スキー場の横をひたすら下山する。道に危険はなく、見晴らしも良い。20頭近い鹿の群れが草を食んでいる。スキー場に雪が無いとこうなるのかー。誤算だったのは、この道が20分以上続いたことだ。緩やかに下っていくため、速度を抑えるために制動をかける必要がある。消耗した膝にはこれがきつい。スキー場を抜けた後、バス停までの道のりも長かった。いきなり道が分からなくなったため、少し遠回りして案内図を確認した。バス停到着は15:37。登山口から25分もかかるとは!
スキー場の横をひたすら下山 | 草を食む鹿の群れ |
そして15:45のバスに乗車。奇しくも、前回男体山から下山後に乗ったバスと同じ時間のバスだった。いろは坂よりも前ではガラ空きだった。本降りの雨の中、好き好んで観光する人は少ないのだろう。むしろ、いろは坂を降りてから、地元の人たちが利用していた。
バスに乗っている間、下半身がずぶ濡れだったため全身に震えが来た。速乾性シャツの上にキナバルTシャツ、さらに夏山用フリースまで着込んだが、まだまだ寒い。下半身に装備していたズボンが、何と綿100%だったらしい。このズボンは今までの登山でもしばしば着用していたものだ。汗が染み込んだくらいなら耐えられるし、雨に降られても後で晴れれば乾くため問題無い。だが、今回は登山中に藪漕ぎ、下山中はずっと雨という状況で、乾く隙が無かった。バスの座席に染み込ませた程度では全く効果が無い。しかも、うっかり最前列に座ったため、いつものように靴と靴下を脱いで乾かすことも憚られた。となると、上半身を保温するとともに、温かい食べ物や飲み物を摂取し、内部から温めるしか無い。
夕食は前回と同じ店で同じメニュー(きのこ雑炊)を。今回はこの店に直行したため時間が充分にあり、ご飯を大盛りにしてもらった。150円増しだが、何よりも温かいものを腹に入れたかった。実際、この夕食は素晴らしい効果を発揮した。ズボンの膝周辺がここでほぼ乾いた。
夕食のきのこ雑炊 |
17:39に東武日光発。これに乗ると、21時過ぎには帰宅できる。1本でも乗り遅れると、接続が悪いため、当初予定通りの22時過ぎの帰宅となる。忘れないうちにスマホに登山日記をひたすら入力しておいた。FLICK OF THE DEADで鍛えたフリック入力が、極めて役に立った。
日光白根山登山の感想
●今回の収穫
当初想定よりも短時間で、登って下りてきた。標準コースタイム9時間のところを8時間という計画を立てたのに、実際には登り3時間22分、下り3時間07分、計6時間29分だ(休憩時間含む)。登りの藪漕ぎ、下りの雨天という悪条件の中、健闘したと言えるだろう。2カ月前の日光男体山での訓練が役立った。もっとも、雨天の影響で、写真を撮影する場所も限られていた。また、停止あるいは減速すると寒いという事情もあった。
膝へのダメージは軽微だった。足全体を見ても、擦り傷も切り傷も無かった。左足の親指の爪を痛め、後で内出血したくらいだ。筋肉痛は、太ももとふくらはぎ、上腕部、大胸筋に来たが、いずれも軽症だった。足に関しては1日後から現れ始め、2日後がピークだった。上腕部と大胸筋に関しては、当日から現れ始め、1日後がピークだった。
費用は、合計約7000円に抑え込んだ。交通費は「まるごと日光 東武フリーパス」(北千住発着で4520円)の活用により、合計で約5200円に抑え込んだ。他には、朝食と昼食がコンビニおにぎり5個で約580円、夕食が東武日光駅付近の外食で約1070円。飲み物は、試供品でもらったPOCARI0.5リットルと、2リットル64円の「熊野古道の水」を利用した。後者はザックの中に入れておき、前者を飲み切ったら随時移し替えていた。
次に、外山を見出せなかったこと。標識は見落としたかもしれないが、地図をよく読めていれば発見できたはずだ。そして、地図をよく読めていないということは、道迷いにつながるということだ。今回のように雨天や濃霧で視界が利かない場合は、なおさら危険が増す。
また、次に日光方面に行く時には、女峰山(2483m)に登りたい。日光側から登る場合、標準コースタイム7時間とのことなので、手頃な訓練になるだろう。