Intersteno2022オンライン大会:レポート(2022.2.28-4.11)



Interstenoとは
筆者の結果
プロローグ
戦略
戦術
各言語の対策(主要なもののみ)
感想(というよりも反省)
来年に向けて
参考文献・謝辞
各種資料


●Interstenoとは

Intersteno(国際情報処理連盟)とは、1887年に設立された、速記者やタイピストを中心とする団体である。オフラインの速記およびタイピングの大会を2年に1回(2007年以降)、オンラインのタイピング大会を1年に1回(2003年以降)実施している。以下の記述は、2022年2〜4月に開催されたオンライン大会に関するものである。

公式ランキングはこちら

日本人ランキングはこちら

オンライン大会には、最大17言語で参加可能である。練習サイトであるTakiソフトウェアの順番に並べると、イタリア語、英語、ドイツ語、フランス語、オランダ語、スペイン語、トルコ語、ポルトガル語、ルーマニア語、日本語、フィンランド語、チェコ語、スロバキア語、ハンガリー語、ロシア語、ポーランド語、クロアチア語/セルビア語である。

各言語で初見の課題を10分間打ち、「総打鍵数−ミス数×50」を得点とする。この得点の合計値で競う。従って、速度を上げることも重要だが、それ以上に正確性を上げることが非常に重要である。但し、毎日パソコン入力コンクール(以下「毎パソ」)とはミスの定義が違う。例えば、1単語内の入れ替えミス(例:that→taht)や、1行すっ飛ばしは、1ミスとカウントされる


●筆者の結果

【表1:本番の結果】

言語得点速度(文字/分)ミス数順位参加者数
英語5797(+143)589.7(-0.7)2(-3)4(-1)338(+13)
イタリア語5672(-154)572.2(-10.4)1(+1)4(-1)205(-33)
フランス語5603(-417)565.3(-36.7)1(+1)3(-)153(-12)
ポルトガル語5502(-212)565.2(-6.2)3(+3)3(-1)100(-4)
日本語5469(+962)551.9(+91.2)1(-1)4(-2)150(+125)
トルコ語5370(+94)542.0(-0.6)1(-2)11(-)223(-4)
スペイン語5365(+145)536.5(-10.5)0(-5)4(-)153(+1)
クロアチア語5300(+250)530.0(+10.0)0(-3)2(-1)283(+78)
ルーマニア語5227(+116)527.7(+6.6)1(-1)3(-1)80(-2)
オランダ語5087(+35)538.7(+3.5)6(-)6(-3)193(-9)
フィンランド語4917(-362)531.7(-1.2)8(+7)2(-1)156(+20)
ドイツ語4875(+73)527.5(+17.3)8(+2)9(-2)327(+74)
ハンガリー語4698(+139)474.8(-1.1)1(-3)2(+1)98(+7)
ポーランド語4632(-91)463.2(-34.1)0(-5)5(+1)99(-)
スロバキア語4583(-155)468.3(-15.5)2(-)6(-4)240(+55)
チェコ語4514(-99)486.4(+5.1)7(+3)7(-3)311(+73)
ロシア語4478(-)452.8(-)1(-)9(-)43(-2)
合計87089(+4945) 43(-5)2(-1)996(+157)

※()内は昨年比。
※合計欄の昨年比は、言語数が違うため参考程度。ロシア語以外の16言語で比較すると+423。
※得点、速度、順位、参加者数は上がった時に+表示。ミス数は増えた時に+表示。
※オランダ語とフランス語にはベルギー方言、イタリア語にはスイス方言、ドイツ語・クロアチア語には本家、日本語にはtransliteratedで参加した。
※順位は4/12 日本時間7:00時点のもの。また、方言(例:本家ドイツ語とスイスドイツ語)はまとめて集計した。

【表2:10分間練習の結果】

言語最高記録平均得点平均速度平均ミス数
英語5984(-318)5638(-154)575.6(-18.9)2.36(-0.70)
イタリア語5672(-154)5608(+54)564.6(-1.6)0.75(-1.40)
フランス語5820(-200)5520(-226)563.6(-19.7)2.33(+0.58)
ポルトガル語5502(-212)5178(-183)530.7(-16.8)2.57(+0.29)
日本語5469(+566)5418(+819)556.8(+83.5)3.00(+0.33)
トルコ語5564(-107)5385(-37)549.0(-4.6)2.09(-0.19)
スペイン語5561(-7)5310(-76)544.9(-11.8)2.78(-0.84)
クロアチア語5300(-45)5084(+21)520.4(+0.8)2.40(-0.27)
ルーマニア語5227(-162)5043(-43)516.1(-6.4)2.36(-0.42)
オランダ語5387(-254)5038(-238)522.3(-21.5)3.70(+0.45)
フィンランド語5240(-145)5012(-159)526.2(-2.1)5.00(+2.75)
ドイツ語5255(-151)4988(-172)518.5(-10.7)3.93(+1.30)
ハンガリー語4782(+117)4497(+2)463.8(-7.4)2.82(-1.52)
ポーランド語4661(-62)4522(+8)468.8(-11.3)3.33(-2.42)
スロバキア語4866(-71)4595(-159)476.6(-10.9)3.43(+1.00)
チェコ語4844(+4)4600(+22)480.6(+3.6)4.13(+0.28)
ロシア語4531(+378)4227(+290)442.5(+24.5)3.95(-0.90)
合計/平均89665(-823)85661(-230)512.5(-16.8)3.05(+0.06)

※()内は昨年比。
※上記の数字には本番も含む。
※Takiソフトウェアのバグによるミスと、それによる減点も含む。


●プロローグ

2022年オンライン大会の目標は、2019年の世界記録(17言語で85613)を更新して連覇と決定した。背景として、ここ数年検討されていた日本語(transliterated)がついに実装され、3年ぶりに17言語で参戦できることとなった。しかしその道のりは簡単ではない。確かに筆者にとっては日本語(transliterated)に切り替えることで約1000点のスコアアップが期待できる。一方、海外のライバルたちにとっては約5000点、あるいはそれ以上のスコアアップが期待できる。従って、2020年以前と比較すると激戦が予想された。とはいえ、16言語で85000、17言語で90000という昨年未達成の目標を達成する過程でこの激戦は避けては通れない。

一方、一昨年まで日本人の参加を取りまとめて下さったPocariさんが不在となり、筆者が昨年に続いて取りまとめを代行することとなった。2月中に動いたため、昨年と同様に大会期間を6週間確保できた。


●戦略

昨年のレポート来年に向けてに記載した通り、全17言語で積極的に攻めることによる速度アップを狙う。もちろん、正確性を保ったまま高速化するのが望ましい。だが、大前提として速度を上げないことにはスコアも頭打ちになる。これに関しては、基本的に、2016年大会である程度確立した戦略を踏襲した。同様のアプローチでもう少し伸ばす余地があると考えていたためだ。但し、必要に応じて修正を加えた。

(1) 各言語の配列の再検討 〜頻出特殊文字の1打鍵化〜

2017年と同様。

(2) 各言語の配列の再検討 〜デッドキーの活用〜

2017年と同様。

(3) 基礎力強化

5月から1月に至るまで、タイプウェル国語Rの攻略を継続していた。しかも実質漢字のローマ字読みのみである。日本語(transliterated)の練習をろくにしなかったのにそこそこの結果を残した背景には、ローマ字読みによるベース速度の維持があったと考えられる。一方、これにより英文の練習が疎かになった。英文打鍵力の劣化は、ほぼすべての高速言語に影響する。最初に違和感を覚えたのは、ポルトガル語の10分間練習を実施していた時だった。フランス語、イタリア語、スペイン語、ドイツ語、オランダ語でも指が思うように動かず、最後まで苦しむこととなった。

10月から1月にかけて、「未打鍵課題潰し」と称して、トルコ語、各種フランス語、スイスイタリア語の1分間練習を1日10回ずつ打ち続けた。それぞれ数百個の1分間課題を収集したのに、ろくに練習していないことに気付いたためだ。結局、トルコ語は99%以上、各種イタリア語は約97%、本家フランス語とスイスフランス語は約95%、ベルギーフランス語は約87%の課題を打鍵した。これにより、これらの言語は早期に10分間練習に移行できた。また、トルコ語の10分間練習の課題が大規模に修正されたり、セルビア語やルーマニア語の課題が追加されたりしたため、課題収集と入力を実施した。トルコ語、フランス語、イタリア語、クロアチア語の劣化を最小限に抑制できたのは、このためと考えられる。

Takiの練習課題の全文再入力とミスの検出も、平日の日課として進めていた。その結果、新たに約100万文字の課題に対して約200ものミスを検出し、精度を向上させた。詳細は後述する。

(4) ロシア語の再強化

7月から1月にかけてTypeRacerを4000レース以上こなし、最高600cpm、平均500cpmまで到達した。その過程で、大文字のデッドキー化もある程度身につけた。但し、Intersteno2022の競技期間が例年より1カ月早まったため、当初予定していた他のサイトによる鍛錬までは実行できなかった。12月時点での詳細はこちらの通り。

(5) 練習スケジュール

2月に入り、大会期間が迫ってきたため、満を持して練習を開始した。表4の通り、本番対策と同様に1週間に4言語を練習した。日本語を除く16言語を一通り練習できた。

【表4:練習スケジュール】

期間言語
1/31-2/6ロシア語、ハンガリー語、トルコ語、英語
2/7-13チェコ語、スロバキア語、ポルトガル語、スペイン語
2/14-20クロアチア語、ルーマニア語、イタリア語、フランス語
2/21-27ポーランド語、フィンランド語、ドイツ語、オランダ語

新型コロナウィルスの影響で在宅勤務となったため、平日は業務終了後に即練習できる。このため、当初は1分間練習によるリハビリを実施しつつも、徐々に本番を想定した10分間練習に切り替えた。単に10分間打つというノルマをこなすだけの無益な練習を徹底して排除した。但しスペイン語、日本語、フィンランド語、スロバキア語、ポーランド語、ハンガリー語の1分間練習または10分間練習の課題数は限られており、課題を覚えてしまうリスクがあった。このため、TypeRacerに参戦することもあった。

2015年〜2022年大会に向けた練習量の比較は表5の通り。2022年の練習量は2021年こそ上回ったものの、2018年以前と比較するとなお少ない。とはいえ、大会期間が6週間もあったため、大半の言語で必要十分な調整を実施できた。

【表5:10分間練習の打鍵回数の比較】

言語2015年2016年2017年2018年2019年2020年2021年2022年
英語112458615175117(-34)33(+16)
イタリア語611161151013(+3)8(-5)
フランス語7441493912(+3)12(-)
ポルトガル語6211415141314(+1)14(-)
日本語9241036959(+4)3(-6)
トルコ語61791556577(-50)11(+4)
スペイン語1214914201313(-)9(-4)
クロアチア語725161512159(+3)10(+1)
ルーマニア語8111840799(+3)14(+5)
オランダ語161216116118(-3)10(+2)
フィンランド語17868554(-1)5(+1)
ドイツ語1620169698(-1)14(+6)
ハンガリー語63313186269(-17)11(+2)
ポーランド語9111013674(-3)6(+2)
スロバキア語12812141067(+1)7(-)
チェコ語12131635111013(+3)16(+3)
ロシア語035944414677(-60)43(+36)
合計160552375598147323163(-160)226(+63)

※上記の数字には本番および仕様調査を含む。
※各年の打鍵回数には、前年オンライン大会終了翌日から当年オンライン大会終了当日までのすべての10分間練習を含む。

(6) 本番実施の順序

全17言語の本番を1〜2日で実施するのは非効率である。本番実施を繰り返すことで、肉体的にも精神的にも著しく疲労するためだ。さらに、練習の質・量が甘いと各言語の特殊文字や頻出シーケンスを混同するリスクがある。

今回の大会実施期間は2/28〜4/11となり、43日間確保できた。準備不足の言語を第5週以降に回すという戦略を適用できた。また、3/6の東京マラソンの影響も最小限に抑制できた。1週間あたりの本番実施数を2〜3言語とやや負荷を落とすことで、各言語の練習の質と量を確保し、スコアの低下を最小限に食い止めることができた。

本番に向けたスケジュールは表6に示す通りである。

【表6:2022年大会の本番に向けたスケジュール】

期間低速言語中速言語高速言語
2/28-3/6ロシア語、ポーランド語フィンランド語、ドイツ語オランダ語
3/7-13ポーランド語フィンランド語、ポルトガル語日本語
3/14-20 クロアチア語、ルーマニア語フランス語、イタリア語
3/21ハンガリー語トルコ語、ルーマニア語フランス語
3/22-27ハンガリー語トルコ語英語、スペイン語
3/28-4/3チェコ語、スロバキア語、ハンガリー語 英語
4/4-9チェコ語 英語

※ハンガリー語とトルコ語の配列は親和性が高い(öüをwqに配置)。
※フランス語とイタリア語の配列は共通。また、経験値が高い。
※チェコ語とスロバキア語の配列は親和性が高い(特殊文字を34567に配置)。
※スペイン語とチェコ語、スロバキア語、ハンガリー語の配列は親和性が高い(áéíを@[]に配置)。
※ドイツ語とオランダ語は言語として親和性が高い(ゲルマン語派)。
※ドイツ語とフィンランド語の配列は共通。
※ポーランド語とクロアチア語は言語として親和性が高い(スラヴ語派)。

基本的に、2016年以来のスケジュールを踏襲した。高速に打てる言語(英語、フランス語、イタリア語、トルコ語、オランダ語、スペイン語)と速度の出ない言語(ロシア語、ハンガリー語、ポーランド語、チェコ語、スロバキア語)を可能な限り分散させた。これは、高速に打つ感覚を維持するとともに、低速言語を底上げするためだ。

また、親和性の高い言語や、共通の配列を使う言語は、同じ週に打つのが効率的だ。逆に、混同する可能性の高い言語(例:フランス語とスペイン語、ハンガリー語とドイツ語、ポーランド語とチェコ語)を同じ週に打たないように注意した。なお、チェコ語とスロバキア語にも混同しやすい部分がある。だが、配列の親和性による相乗効果の方が上回ると判断し、同じ週に実行することとした。

……

最終的な本番実施スケジュールは表7の通りである。平日は仕事があるため、本番実施は土日や祝日がメインとなる。

【表7:2022年大会の本番実施スケジュール】

日付・時間帯言語累計得点コメント
3/5(土)午後ドイツ語4875びびり過ぎ。速度不足に加えてまさかの8ミス爆死
3/5(土)夜ロシア語9353集中練習の効果を発揮。目標の4500にはわずかに届かず
3/5(土)夜オランダ語14440びびり過ぎ。序盤に4ミスが集中、その後も立て直せず
3/12(土)夕方フィンランド語19357びびり過ぎ。前半ミスタッチの嵐。後半の加速もミスで相殺
3/12(土)夜日本語24826残り20秒で痛恨の改行位置ずれ
3/13(日)夕方ポーランド語29458奇跡のノーミス! だが、速度が伴わず
3/13(日)夜ポルトガル語34960風呂効果を活用していい感じに打ち進んだ
3/20(日)午後イタリア語40632今季自己ベストを出すも、昨年の爆発スコアは遠かった
3/20(日)夜クロアチア語45932風呂効果を活用し、今季自己ベスト
3/21(祝)夕方フランス語51535不調なりに正確性と速度の両方を重視して最善を尽くした
3/21(祝)夜ルーマニア語56762stコンマビロー配列を準備。文章に不備あるも、最善を尽くした
3/26(土)夜トルコ語62132風呂後なのにびびり過ぎて指冷えまくり
3/27(日)夜スペイン語67497打鍵から表示までにラグ多発。正確性重視で必死に耐えた
4/2(土)夜ハンガリー語72195序盤浮足立つも、中盤以降は開き直って加速
4/3(日)夜スロバキア語76778ラグ多発。ミスタッチ抑制で対抗するも終盤力尽きた
4/9(土)午後チェコ語81292直前の練習にピークが合った。まさかの7ミス爆死
4/9(土)夜英語87089風呂パワーをもってしても指が動かず


●戦術

(1) 練習課題文の収集と入力、再入力

InterstenoのTakiソフトウェアに出現する1分間練習および10分間練習の課題文を収集した。結果は
こちら目的は、文字の出現頻度の調査の他に、ミスの原因把握と傾向調査である。2015年大会に向けた練習ではここができていなかったため、打鍵終了後に表示される結果画面からミスの原因を推測するしかなかった。ミスした単語をGoogle翻訳やGoogle検索に入力すると、正解らしき単語を見出せることもある。だが、すべてのケースでうまくいくわけではない。これでは練習効率が悪すぎる。

そこで、1分間練習の課題文を計2015個、10分間練習の課題文を計614個収集した(昨年以降の追加分は1分間課題54個、10分間課題79個)。さらに、収集したすべての練習課題を実際に入力してExcelシートに整理し、ミスの原因を正確に把握できるようにした。具体的な方法は2018年と同様である。

さらに、難関言語に限らず全文再入力を実施した。1分間練習の課題文のうち1770個、10分間練習の課題文のうち615個(トルコ語の旧課題を含むため多い)、合計で約800万文字を再入力した(昨年以降の追加分は1分間課題61個、10分間課題87個、合計で約100万文字)。その結果を過去の入力結果とEXACT関数で比較し、計2400箇所を超えるミスを検出した(昨年からの増加分は約200箇所)。この作業の結果、残存ミス率は約0.05%から0.001%未満に減少したと推測される。

(2) Takiソフトウェアの問題点、特殊文字への対応

Takiソフトウェアの練習課題には、こちらに示す問題点が存在する。また、こちらに示す特殊文字・記号が出現する。いずれも2018年までに調査・実装済みだったため、今年もその成果を活用した。

(3) 方言の選択

ドイツ語、フランス語、オランダ語等の方言選択にも、上記の練習課題の収集結果資料が役立った。具体的には、バグや特殊文字の少ない方言を選択することで、練習の効率アップと本番の得点アップを狙った。

ドイツ語には本家ドイツ語の他にスイス方言が存在する。2019年以降は前者を採用している。両者の主な違いは、後者には原則としてß(エスツェット)が存在せず、ssで置き換えられることである。つまり特殊文字が1種類減るため、短期間での攻略が容易になる。但し、長い目で見れば、ssという連打に耐え続けるよりもßの位置を覚えて打つ方が負担が少ない。いずれにせよ出現頻度は低いため、実際には大差無い。なお、2016年と2018年のスイスドイツ語の本番では、ßが複数回出現した。このような場合に備え、ßを含む配列を準備し、かつ位置を把握しておく必要はある。

フランス語には本家フランス語の他にスイス方言、ベルギー方言が存在する。2016年以降、バグが最も少ないベルギー方言を採用している。但し、本質的な違いは調査しても分からなかった。その後、Taki担当者とのやり取りの中で、本家フランス語やスイス方言では記号(;:!?)の直前にスペースが入る一方、ベルギー方言では入らないとの情報を頂いた。普段打ち慣れた仕様であるベルギー方言を選択して正解だった。

オランダ語には本家オランダ語の他にベルギー方言が存在する。本質的な違いは調査しても分からなかった。一字一句違わない課題文章を両者で使い回している事例も複数存在した。但し、一部の特殊文字は方言により得点が違うことがある。特にオランダ語ではベルギー方言の.が2点なので、スコアにして約1%有利になる。この仕様に気付いた2019年以降、ベルギー方言を採用している。

イタリア語には本家イタリア語の他にスイス方言が存在する。本質的な違いは無い。一部の特殊文字は方言により得点が違うものの、その頻度は非常に少ないため、影響は限定的だ。なお、2022年の本番ではスイス方言を選択した。たまたま練習でスイス方言の未打鍵課題潰しを実施していたためだ。

クロアチア語の代わりにセルビア語(ラテン)、セルビア語(キリル)を選択できる。セルビア語(ラテン)はクロアチア語とほぼ同じだ。セルビア語(キリル)はロシア語と同様キリル文字を使用する。しかしロシア語と違う特殊文字への対応が新たに必要で、難易度が高い。

日本語には日本語(漢字かな交じり文)の他に、ローマ字で記述された日本語(transliterated)が存在する。従来の漢字かな交じり文には事実上日本人しか参加できなかった。ひらがなやカタカナはともかく漢字は日本人以外にとって習得が非常に困難であるためだ。このデメリットを解消するためにtransliteratedが導入された。日本人にとっても、一般的にtransliteratedの方が有利になる。理由は、変換の手間が無くなることと、実態よりも低めに設定された2.2607というスコア換算係数の影響を受けなくなることだ。筆者の場合も、Takiを用いた1分間練習において、transliteratedが漢字かな交じり文と比較して100文字/分近く有利になった。このため、本番でも迷うことなくtransliteratedを選択した。

(4) キーボードの選択

2017〜2019年大会では、東プレRealforce106(All30g)を主に使用した。日本語かな入力を除いて、All30gでもミスを抑えつつ高速化できるという確信を得たためだ。実際、2016〜2019年の総ミス数の推移は47→28→35→34、1言語あたりの平均値は2.76→1.65→2.06→2.00であり、2016年と比較して有意に減少している。

All30g適用の実験を開始したのは2016/12/19だった。2003年時点の筆者はこのキーボードを使いこなせなかった。打鍵時に隣のキーに指が軽く触れただけで認識され、ミス判定となる「かすりミス」が目立ったためだ。だが、東プレRealforce89U(45g/30g)で10年以上も正確性重視の鍛錬を継続してきたため、All30gでも次第にミスを抑えて打てるようになった。それならば、速度を出せるAll30gの方が良い。折しも、45g/30gのキーボードのSpaceキーのレスポンスが長年の酷使の影響で悪化し、高速打鍵に悪影響を及ぼすようになってきたため、All30gを久々に採用した。

但し、2019年は日本語のみ45g/30gに戻した。All30gが長年の酷使の末、5/3に至ってついに故障したためだ。

2019年10月、消費税増税前に新たに東プレRealforce(R2TLSA-JP3-IV)を調達した。All30g、かつテンキー無しという基準で選択した。このキーボードはタイプウェル国語Rの更新には役立ったが、カスリが激増するというデメリットがあった。従ってIntersteno向けには使えないのではないかという危惧を抱いた。だが、APC設定を「よく使うキー2.2mm、使わないキー3.0mm」としたことで、カスリを防ぎ、Interstenoの実戦に投入する目途が立った。

(5) その他環境整備

2018年とほぼ同様。本番準備・実施手順書を作成し、遵守することで、人為ミスをシステム的に根絶することを目指した。但し2019年以降、Windows10機で打鍵中にフォーカスが勝手に外れる事故に悩まされている。2019年のフィンランド語と日本語、2021年のルーマニア語の本番でも発生した。当初は左Alt、右Alt、左Ctrlへの誤爆による何らかのショートカット発動が原因と考えていた。最大の要因である左Altのキートップを外す、あるいはソフトウェアで一時的に無効化するといった対策がまず考えられる。さらに、「セキュリティソフトの割込み」「プリンタドライバの割込み」等、他にも原因がありそうだ。原因究明のためMy Window Loggerを導入したが、まだ原因を見出せず、対策もできていない。

2020/4/7、自宅の電気契約を30Aから40Aに上げた。打鍵中にブレーカーが落ちてもPCはバッテリーで動くため問題無い。だが、ルータの電源も落ちるためネット接続が一時的に遮断される。これが危険すぎる。

(6) 初見課題対策

練習用課題には、特定の単語(例:国際労働機関)が頻出する。これに慣れきってしまい、それ以外の単語の練習が不足すると、初見課題を打つ本番では当然ながら惨敗する。この傾向は、特にドイツ語とオランダ語、チェコ語で顕著であった。また、練習で出したスコアを過信してはならない。頻出単語に慣れればTakiのスコアが改善されるのは当然だ。本番ではその分だけ落ちる。この事実を忘れて練習を怠ってはならない。

フィンランド語、ポーランド語、スロバキア語等、10分間課題の少ない言語はTypeRacerやmonkeytypeを併用してこの欠点を補った。確かに、TypeRacerには「30秒ほどで終了する短文が多い」「フォントが見辛く、.,やlIやijの判別が至難」といった難点はある。だが、従来圧倒的に不足していた初見文章への対策にはある程度なったと思う。

一方、フランス語、イタリア語、トルコ語で大きく崩れなかったのは、練習用課題が豊富にあり、多くの単語に習熟できたためと考えられる。ドイツ語、オランダ語、チェコ語に関してもこの状態に持っていくため、TypeRacerやmonkeytypeで鍛えるのは有効と考える。

(7) 本番の実施

ベストの体調で、ベストの時間帯に実施するのは言うまでもない。今年は、休日風呂後の2回目に実施することが多かった。ちなみに1回目は10分間練習だ。風呂の直後は指も動くがミスタッチも増える。3回目以降はかえって眠くなり、集中力が落ちる。また、昼間に仕事や登山ランニングをした場合など、疲労が蓄積している場合も風呂後に眠くなる。一方、好調な場合は風呂前でも本番を実施した。ちなみに夕方が中心だ。午前中は脳が寝ていて速度も正確性も低下する。

基本的に、仕事・育児・家事と重ならず、かつ身体が覚醒しているタイミングで実施する。平日帰宅後のように疲労している場合や、リハビリが不充分な場合、眼精疲労や脳・腕・指の疲労が蓄積している場合には、本番実施を避けるべきだ。

また、1セット(約1時間)あたりの本番実施数は1言語、1日あたりの本番実施数は2言語に抑えたい。但し、充分な練習を積んだ状態で、体調が良く、指の調子も好調を持続している場合に限り、1セットに2言語、1日に3言語の本番を実施することもあった。

さらに、本番の直前に10分間練習を実施する。これは、本番で使用する配列に確実にセットすると同時に、他の言語との混同を避けるためだ。また、言語ごとに頻出する単語やシーケンスが存在するため、本番の直前に目と指を充分に慣らしておく必要がある。但し英語や日本語など、ガチで10分間打つと疲労する高速言語についてはほどほどにしておく。5分で止めても良いし、1分間練習×5で代用しても良いだろう。2018〜2022年は「前半は速度重視、後半は速度を落として正確性重視」「前半で体が覚醒しなかった場合は後半も速度重視」のように、その日の調子に合わせて使い分けた。要は、本番にピークを持っていくため、本番を想定してある程度本気を出しつつも、準備と割り切って力を抜くということだ。


●各言語の対策(主要なもののみ)

2018年2019年とほぼ同様。

(11) ルーマニア語

2021年まではşţ(セディーユ)が用いられていた。しかし2022年2月、Takiの1分間課題の文章を中心にșț(コンマビロー)に変更された(10分間課題の文章の大半は元のままである)。またTakiソフトウェアに関しては、セディーユをコンマビロー、コンマビローをセディーユで打ってもミス判定にならないよう修正された。従って、この問題への対策は従来通り、セディーユメインの配列をそのまま使えば良い。

なお、2022年3月に入り、セディーユをコンマビロー、コンマビローをセディーユで打つと本番を含めミス判定になるという混乱があった。そこで、セディーユメインの配列とコンマビローメインの配列を準備した。そして打鍵直前に課題文章をチラ見して、必要に応じて配列を切り替えるという対策を採用した。最終的に、セディーユをコンマビロー、コンマビローをセディーユで打ってもミス判定とならないよう改めて修正されたため、この対策は終了した。

なお、筆者の配列ではşţăを[]@に配置している。従って、右手小指の範囲の文字(lや大文字)が頻出する文章に弱い。paraph配列に倣って、qwにşţを配置する案を検討すべきか。現状qwにはâîを割り当てている。しかしâîの頻度は比較的低い。ここに改善の余地があるかもしれない。


●感想(というよりも反省)

結果は合計87089点(2019年比+1476)となり、17言語での世界記録を一時的に更新した。わずか2日後にAndreaに抜かれてしまったが。いやむしろ、過去の世界記録を2人が更新する(Seanの最終日のチェコ語の結果によっては3人となる可能性もあった)というレベルの高い競争ができたことを喜ぶべきだろう。

当然ながら、来年もこの得点で同じ順位を獲得できると楽観はしていない。2015年以来の日本人の奮闘ぶりを見た諸国のタイピストたちが、座視しているとも思えない。特に、Sean, Andreaとの死闘が予想される。正確性重視で速度を抑えてばかりでは絶対に勝てない。さらに、新たな強力なライバルたちが続々と出現してくる可能性もある。さらなる境地を目指すためにも、まずは今年の失敗と成功を分析する。

(1) 老化に伴う英文打鍵力の低下

昨年に続いて今年も、最大の敗因は英文打鍵力の低下と認識している。昨年は「戦略ミス」と分析した。しかしその背景には、老化があった。決して認めたくないことだが、老化との闘いが本格的に始まったことをこれでもかと痛感させられた。

まず認識能力が低下した。当然ながら、読めなければ打てない。次に打鍵能力も低下した。認識できても指が思い通りに動かない。特に英語で顕著だった。挙句の果てには判断能力も低下した。認識あるいは打鍵のプロセスでミスをしても気付かない。本番で7〜8ミス爆死をやらかすなど、ここ数年はあり得なかった失態だ。

英文打鍵力の低下がドイツ語、オランダ語、スペイン語に悪影響を及ぼしたのは昨年と同じだ。加えて今年はフランス語にまで波及した。特殊文字を多く含んでいて本来打ち辛いはずのトルコ語が英語よりも打ちやすいと感じる時点で終わっている。結局、有効な対策を何一つ講じることができないまま本番を迎えた。高速言語の中では唯一、イタリア語にはあまり影響しなかった。前記の未打鍵課題潰しにより、退化を最小限に食い止めたためと考えられる。

日本語に関しては影響範囲および度合いが異なる。TW国語Rで漢字のローマ字読みに特化した攻略を9カ月も継続したことにより、transliteratedのローマ字読みは苦にならなかった。ところが、本番では頻出するハイフンに大苦戦した。これは明らかに、カタカナ語の攻略を怠ったためだろう。

(2) 指先の冷え

Intersteno2022では、例年より本番実施期間が1カ月早まり、より寒い時期に実施された。これは、タイピングに明らかに悪影響を及ぼした。特に指先が極端に冷えるようになった。温かい飲み物により体を内部から温めても、キーボードが冷えていると指先も冷えていく。暖房を強めると今度は脇汗がうざすぎて集中できない。暖房を弱めると指先のみが冷える。全身を適度に温めつつ、指先とキーボードがさらに温まっている状況が望ましい。だが、そのような状況を作ることができなかった。

その結果、練習の効率が劇的に低下した。常に指先が冷えているのでは、本番を想定した練習とはとても言えない。練習でできないことは本番でもできない。3月前半までに本番を決行した5言語のうち、ドイツ語・オランダ語・フィンランド語の本番で6〜8ミスを重ねて轟沈した理由の一つは、この「寒さ」だと考えている。ロシア語や日本語の本番では運良くミスを抑制できた。だが、運に頼るようでは昨年の己を上回ることすら困難だ。

従って、本番は可能な限り後回しにせざるを得なかった。3月後半からはようやく暖かくなり、指が悴むことによる速度・正確性両面の低下から解放された。

(3) デッドキー;への不慣れ

2021年5月以降、大文字をShiftでなくデッドキー;で打つように訓練してきた。もともとはドイツ語対策だ。しかし、現状ではまだまだ改善の余地がある。特に英語など高速言語で遅くなる。右手範囲の大文字はShiftを使った方が速度・正確性の両面で良い。また、固有名詞が続く場合や特殊文字と組み合わさっている場合など、脳を使う場合にはShiftの方がロスが少ない。だが、左手範囲の大文字は今更Shiftには戻せない。基本的には練習を重ねて慣れるしかない。

また、;をデッドキーに設定したため、文章中の;を打つには[;→Space]の2打鍵が必要となった。;の出現頻度はトータルでは低いとはいえ、一部の練習文章では出現頻度が高いため、苦戦の要因となった。

なお、大文字対策としてはSeanが採用しているCaps Lockも検討した。だが、打鍵数が増えすぎるため断念した。将来的に、美佳テキストのORANGE MARMALADEのように大文字が10文字以上続く場合に限定的に採用する手はあると思う。

(4) スクロールタイミング揺れによる速度低下

2021年2月にTakiの文字表示がすべて太字となった。一部言語の特殊文字を見やすくする意図があったためと聞いている。だがこの措置により、課題文章の改行位置が変わり、その結果スクロールのタイミングも変わった。具体的には、「改行と同時にスクロールされる」「スクロールのタイミングが改行前、改行と同時、改行後と揺れ動く」という事象がほぼ全言語で頻繁に発生するようになった(以前はドイツ語やフィンランド語など、長い単語を含む言語でのみ多発)。これにより、1行すっ飛ばしの発生率が激増した。対策としては改行時にいちいち停止して確認するしかなく、結果的に速度の大幅な低下は免れない。

少なくともTakiソフトウェアを使用している全員が、同じ事象に悩まされているはずだ。果たして対策はあるのか。また、ZAVソフトウェアには影響しているのだろうか。

(5) monkeytypeでノーミスタッチを追求

当初は速度重視の目論見だった。だが、結果的に正確性重視に切り替えた。速度が伸び悩む一方で、本番で打鍵から表示までの間にラグが発生するようになったためだ。特にスペイン語の本番では、画面に打鍵結果が反映されない状況が続いた後、50文字くらい一気に反映される事態が頻発した。このラグは、日本時間の20時頃に発生することが多かった。原因は幾つか考えられる。Interstenoのサイトが鈍重になったためか、それとも筆者のPCが購入後6年経過して鈍重になったためか、はたまた筆者の居住する集合住宅で帯域の奪い合いが発生してネット接続が鈍重になったためか。いずれにせよ、ラグ対策としてはノーミスでなくノーミスタッチが必須となる。

一つの手段として、monkeytypeで60秒間ノーミス練習を実施した。この対策は、Interstenoの本番対策として有効に機能した。まず時間について、30秒では短すぎるし120秒では集中力が持たない(ノーミスという条件を外すなら別)。従って、各言語を30秒打って慣れておいてから、60秒でノーミスのまま100wpm以上を保つ練習をした。また、語彙増加版がある言語は10k前後を主に打つ。1k以下では簡単な単語しか出てこない。目安として25k以上になると、語彙がマニアックすぎて対策にならない(ランダム文字列を打つ練習と変わらない)。

なお、今年は本番での終了間際のミス爆死が無かった。序盤で失敗して悪い結果が予測された場合でも、その後集中力を切らさず打っている。これも、ノーミスタッチを前提に、ミスしても即座に気付いて修正できる程度に速度を抑え、指先の神経を研ぎ澄ませて打っているためと考えられる。

(6) 本番への適応、ピーク合わせ

練習量は昨年より増えたとはいえ、まだまだ不足である。このため、本番にピークを合わせて結果を出すことが不可欠となった。しかし、チェコ語では今年もピーク合わせに失敗した。本番直前の練習にピークが合い、速度で自己ベストを叩き出してしまった。直前の練習と比較して、本番では292点も落ち込んだ。昨年のドイツ語と同じ失敗を繰り返したのは痛恨の極みだ。なお、ドイツ語も昨年に続いて失敗した。直前の練習と比較して本番では372点も落ち込んだ。

本番にピークを合わせるにはどうするか。昨年までの対策としてはまず、本番を無理に打たないことを徹底した。例えば調整時の1分間練習の結果が安定しない場合や、直前の10分間練習で不調を自覚した場合だ。また、直前の練習では疲労を防ぐため本気モードで打たないことを徹底した。

本番では速度重視で臨んだ。昨年と同様、高速に打てると見切った部分では積極的に飛ばすことを10分間続けた。また、この言語を今年打つのもこれで最後なのかと感慨に浸りながら、打つ過程を楽しむようにした。緊張感に襲われた言語も幾つかあったが、むしろミス低減に役立てることができた。

(7) 基礎力強化の結果

タイプウェル国語Rによるベース速度の強化は、日本語のベース速度の向上に大きく寄与した。確かに本番の文章が打ちやすかったという要因もある。だが、その打ちやすい文章を高速に打ち抜けることができたのは、ベース速度が向上したためと考える。

なお、タイプウェル国語Rでは短期決戦で速度を重視するため、「こく」を[coku]で打つ最適化を採用している。だが、Interstenoのように10分間打つ場合には[cocu]の方が疲労が軽減されるという知見を得た。但しIntersteno2022ではtransliteratedを打ったため、この知見は直接役立たなかった。transliteratedの仕様ではローマ字が固定であり、例えば[koku]を[cocu]と打つとミス判定になるためだ。

(8) ミスの減少

総ミス数は昨年より5減少し、ここ3年では最も少なかった。当初は全言語でミスを恐れず積極的に攻めるつもりだった。しかし老化と退化で速度が伸び悩んだのに加えて、複数の言語で本番実施中にラグが発生した。このため、ノーミスでなくノーミスタッチで打つ必要が生じ、結果的に速度が低下して正確性が向上した。しかし、ミス減少で増やした250点よりも、速度減少による失点が上回った。

本番では過去最高に並ぶ3言語でノーミスを達成した。一方、練習時には、英語での4回を筆頭に、9言語で計16回ノーミスを出すに留まった。全226回の10分間練習(本番含む)中、1ミスは37回、2ミスは49回、3ミスは40回、4ミスは34回だった。昨年と比較すると、4ミス以内の確率が約79.8%から約79.2%に、2ミス以内は約47.9%から約46.5%に減った。ノーミスは約8.0%から約8.4%に微増した。ミスを恐れず速度を上げる練習を中心とした結果、ミスが増加した。

ミスをある程度抑制しているのは、改行位置がずれた場合の対応の改善だ。2018年以来、改行位置がずれた場合は1行以上消してでも修正している。2021年以降はマウスや上下左右キー、Home/Endキー等による修正が可能となったため、修正時のスコア低下をさらに抑制できた。今年は幸いなことに、本番で改行位置ずれにより大きくロスしたことはなかった。というよりも、単語単位、行単位でずれない限り、前の行を振り返らないようにした。改行位置チェックに頼ってミスを減らすよりも、そのチェックによる減速を防ぐことを重視した。

(9) ロシア語の鍛錬の成果

本番では2020年の記録を202更新した。しかし、当初目標の4700どころか、下方修正後の4500にすら届かなかった。練習では、平均こそ2020年比45だけ改善したものの、最高記録4581は更新できず。そう甘くない。但し、2020年のようにTakiの同じ文章を複数回打っての記録ではなく、基本的に各文章を1回打っての結果であり、単純に比較はできない。来年に向けてさらに鍛えて、改めて効果を見定めたい。

(10) ルーマニア語の本番課題の問題点

そもそもstセディーユがstコンマビローに修正されたことで混乱があった。

加えて、本番課題に不自然な空白が含まれていた。筆者は即座にTab文字の可能性を疑った。トルコ語とフランス語の練習で経験があったためだ。しかし、Tab文字かスペースかは画面上で判断できない。さらに、イタリア語・フランス語配列とトルコ語配列では[:→t]でTab文字を打てるように設定していたのに、ルーマニア語配列には展開していなかった。以上により、本番では空白文字をすべてスペースで埋めた結果、15ミス追加された。本番では配列を切り替えて打つ余裕など無い(その10秒で100文字は打てる)。また、対応方法を迷うこと自体がロスになる。これらのロスを最小限に抑制するという意味で、とっさにスペースで埋めたのは最適解だったと思う。

結果表示後、その画面をキャプチャしておいて即座にIntersteno側に問い合わせた。その結果、翌日には課題文章とスコアが修正された。筆者だけでなく、Takiソフトウェアで同じトラップにハマった人全員が対象だ。後日、ZAVソフトウェアでも同様の修正が行われた。

実際には、筆者が本番を打った時点で、少なくとも3人がルーマニア語で不自然なミス爆死をしていることがランキング上でも分かる状態だった。スコア向上と勝利のみを目的とするならば、誰かが問題点を指摘して課題文章が修正されるのを待ってから打つべきだったかもしれない。だが、それによりルーマニア語の対策を長く続けて他の言語に影響するリスクを考慮すると、先行して打っておいて正解だったと思う。

(11) その他

スコアの伸びがすべて実力によるものではない。特に日本語で+962という爆発的な伸びは、transliteratedに切り替えたという要因によるところが大きい。大会の性質上、運に左右される要素はどうしても出てくる。幸運が毎回訪れるとは限らない以上、ベースとなる実力(速度、正確性、言語習熟度、配列習熟度)を地道に向上させる必要がある。

……

最後に、不正行為の誘惑には最後まで苦しめられた。管理者と選手を兼ねると不正行為がやりたい放題だ。例えば、ダミーの参加者を登録して事前に課題文章を確認し、練習を重ねてから本番を打つことも可能となる。特に日本語では、この作業を実行すれば1000点は違ってくる。また、初期段階で惨敗した場合は、一旦登録を削除して再登録する手もある。さらに研究者視点でも、全言語の本番課題を収集し、解析したいという誘惑がある。これに関しては、来年以降の管理体制を改善するとともに、個人としては今年を上回るスコアを出し続けて実力を証明していくしかない。


●来年に向けて

目標に掲げた「2019年の世界記録(17言語で85613)を更新して連覇」のうち、前半部分は達成したが、後半部分は達成できなかった。また、日本語を除く16言語で85000点、全17言語で90000点という将来の目標にも遠く届かなかった。そこで、来年に向けてこの目標を再び掲げる。

筆者の今後数年を見据えた戦略がいつ実を結ぶかはまだ分からない。筆者が90000点以上を狙うには、もはや低速言語の底上げだけでは不充分だ。高速言語では6000点の安定化を目指して鍛錬を積み重ねる必要がある。

しかし幸いなことに、戦略と戦術の進化により、総得点を伸ばす余地は残されている。限界はかつて考えていた地点よりも遥かに先にある。カギは、攻めることだ。ミスを抑えて打てるギリギリの速度に、まだまだ伸ばす余地がある。それでは、来年に向けてさらに伸ばすには具体的にどうするか。

(1) 各言語の習得

究極的には、極めて有効と考えられる。実際、英語では言語習熟度がタイピングに好影響を及ぼしている。打ちながら読解し、先の流れを推測できるメリットは計り知れない。単語の羅列ではなく文章として認識できるため、速度は落ちないしミスも減る。タイプウェル英単語やTypeRacer、monkeytype、10FastFingers等の短距離種目では日本人タイピストの中でも決して速くない筆者が、Interstenoや毎パソ等の中長距離種目で上位に居座っていられるのはこのためだ。また、フランス語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、ルーマニア語に関しても、英語に似たスペルの単語が多数出現するため、英語習熟度がある程度影響を及ぼしている。

さらに、第二外国語としてある程度習得したドイツ語に関しては、長い単語を見た時にどこで区切るかが概ね分かるというメリットを体感できた。同じゲルマン語派のオランダ語に関しても、習得はしていないものの、同様のメリットを享受した。

一方、第三外国語として選択しつつも習熟が甘かったフランス語では、タイピングに好影響を及ぼす段階に至っていない。2017年以降のフランス語のスコアアップの要因は、特殊文字や一部の単語に慣れたことであって、フランス語の習熟とは無関係である。まして、第四外国語以降を新規に習得するとなると、タイピングに好影響を及ぼすレベルまで引き上げるには数年かかりそうだ。長期的視野で取り組むべき課題と言えるだろう。

(2) 各言語の頻出単語・頻出シーケンスの習得

短期的にできる対策は、これに尽きる。例えば、10分間練習を100回繰り返せばある程度の成果を期待できる。例えばハンガリー語に関しては、2016年大会に向けて重点強化する過程で幾つかの頻出単語を覚えたことで、明らかに高速化された。azonban(しかし)、napjainkban(今日)といった打ちやすい単語に加えて、egészség(健康)のような打ち辛い単語も高速化できたのは収穫だ。その甲斐あって、2020年の練習では5039まで伸ばし、ようやく5000の壁を破った。2021年の本番ではegészségが頻出したため、懐かしさを覚えつつ高速に打ち抜けた。

2017年大会に向けて重点強化したロシア語でも、本格的な高速化には至らなかったものの、頻出単語は幾つか覚えることができた。Takiの練習課題では、жизни(生活)、подход(アプローチ)、Москве(モスクワ)、экономических(経済の)、воспроизводство(再生)、распределения(配布)、производство(生産)といった単語が頻出する。2020年にはようやく4500の壁を破った。さらに練習を積めば本番でも4500に到達できると確信している。キリル文字、頻出単語、頻出シーケンスにはまだまだ慣れる余地がある。

他の難関言語も例外ではない。2018年にスロバキア語で4970まで伸ばしたのは、大いに自信になった。2020年以降、ポーランド語、チェコ語も以前の記録を更新し、5000が視野に入ってきた。

中速言語の底上げも順調だ。2019年に開眼したポルトガル語では、2021年の本番で5700を突破した。加えて、ドイツ語とフィンランド語も壁を破った。クロアチア語、ルーマニア語も最高記録・平均得点ともに伸びており、数年後の5500到達が有望だ。

そして高速言語。フランス語では2021年の本番でついに6000を突破した。イタリア語、トルコ語も次のステップに向けて歩みを進めている。当然、ここが限界ではない。英語では6200台を連発していたのだ。確かに英語以外の言語では特殊文字で減速を強いられる。だが、特殊文字の出現頻度を考慮すると、これだけで1割以上も遅くなることはないはずだ。言語に、単語に、シーケンスに、慣れていないだけだ。特殊文字の多いフランス語で他の高速言語と互角以上のスコアが出ているのは、英語に似たスペルの単語が多く、脳と指が慣れているからだ。

(3) 来年の重点強化言語

表8に示す通り、全17言語にまだ伸ばす余地がある。但し、課題収集と全文入力はほぼ終了したため、2019年までのような顕著な伸びはもはや期待できない。地道な練習により少しずつ実力を積み上げていくしかない。日本語については、transliteratedの仕様を考慮すると、ローマ字入力を引き続き底上げしたい。この他、本番で自己ベストに近い得点を叩き出した言語についても、さらに伸ばす余地がある。

一方、練習量が低下した場合は伸びが鈍ることも考えられる。練習が疎かになった2020年のルーマニア語が好例だ。どの言語を重点的に伸ばすか、そして実力の低下を最小限に抑えるにはどの程度の練習をこなすべきか、全体最適の視点から戦略的に練習を進めていきたい

【表8:各言語の成長余地という観点での分類】

カテゴリ言語
びびり過ぎトルコ語、フランス語、ポルトガル語
高速化未完成英語、スペイン語、ハンガリー語、スロバキア語
正確性未完成フィンランド語、ドイツ語、チェコ語、オランダ語
本番自己ベスト日本語
本番自己ベスト付近クロアチア語、ロシア語、イタリア語、ポーランド語、ルーマニア語

(4) Interstenoへの働きかけ

これは個人として総得点を伸ばすというよりも、将来を見据えて公平かつ公正な競争環境を維持し、裾野を広げるのが目的だ。

まず各言語の練習問題に残る問題点について。筆者が指摘済みだがまだ修正されていないものもあるし、その後新たに見出したバグも存在する。ある程度まとまった段階で、再び粘り強くInterstenoのTaki担当者に働きかけて、修正を促していく。同時に、€(ユーロ)や£(ポンド)等、欧米人には常識であっても日本人には馴染みが薄い記号については、打鍵方法を啓蒙するという手段もある。

次に日本語の仕様について。2022年には方言の一つとしてローマ字入力種目(transliterated)が導入された。一参加者としては歓迎だ。筆者のスコアは、従来の漢字かな交じり文と比較して1000点近く改善された。また、日本人以外のタイピストたちも日本語を打てるようになり、2015年の日本語(漢字かな交じり文)導入以来続いていた日本人の優位性は消滅した。これにより、コンテストとしての公平性は明らかに向上した。

但し、日本語(transliterated)に関する論点は少なくとも三点ある。現在の不平等感が少しでも解消されるよう提言していきたい。ここでの議論や試行錯誤は、将来のラテン文字・キリル文字以外を用いる多言語(中国語、朝鮮語、アラビア語、タイ語等)への展開の際にも役立つことだろう

(a) 日本語(transliterated)は日本人が普段使う日本語とはかけ離れたものであり、これを「方言」と称するのは違うのではないか。
⇒問題無いと考える。外国人が日本語を習得する際の第一歩として、ローマ字は実際に使われている。他にはひらがな文も検討対象に入れて良いと思う。Interstenoの存在意義を考慮すると、多くの外国人が日本語に参加し、日本語に慣れ親しむ機会を提供するのは望ましい。

(b) ほとんどの日本人タイピストにとって、日本語(transliterated)の方が日本語(漢字かな交じり文)よりもスコアを稼げる。その結果、日本人タイピストも皆transliteratedを選択するようになる恐れがある。
⇒日本語(漢字かな交じり文)に設定されている係数2.2607の再検討が必要と考える。具体的には、少なくとも2.5以上が望ましい。現状の係数は、漢字かな交じり文とローマ字文の文字数の比率から算出した値であり、ひらがなから漢字への変換のコストが含まれない。実際、Intersteno2022の日本人参加者の結果を見ると、日本語(漢字かな交じり文)を選択した8名のスコアは2021年比でほぼ同じ(-16%〜+14%)なのに対し、日本語(transliterated)を選択した9名のスコアは2021年比で平均約35%(+19%〜+68%)も上昇した。従って係数を2.2607×1.35≒3.05まで引き上げるのも一案である。

(c) 一部の卓越した海外のタイピストは、(恐らく文章の意味を理解していないのに)多くの日本人タイピストよりも日本語(transliterated)で高いスコアを出し得る。
⇒問題無いと考える。日本人は日本語(transliterated)を意味のある言語として認識できる。これはタイピングを行う上で強みとなる。しかし熟練した海外のタイピストは、幾つかの頻出単語やシーケンスに習熟することにより、日本人タイピストの強みを上回ることができる。これはタイピングのスキルの一つとして捉えることができるし、評価されるべきものだと考える。なお、この問題は他の言語でも既に発生している。例えば筆者は、幾つかの言語でその国のタイピストよりも高いスコアを出してきた。


●参考文献・謝辞

Pocariさん:Interstenoオンライン大会への日本語部門追加を先頭に立って推進し、実現にこぎつけたのみならず、2015年の日本人参加者120名もの参加費までご負担頂きました。2016年以降の日本語部門継続にあたっても紆余曲折があり、各国代表との交渉に奔走されたと聞いております。この方の尽力なくしては、筆者はInterstenoの存在すら知らず、まして参戦など考えもしなかったことでしょう。ありがとうございました。2020年5月以降音信不通となり、その後2021年10月に一度ご連絡を頂いたものの再び音信不通となり、大変心配です。

ジュニアさん:最難関のロシア語を含む全17言語への参戦を目指し、最も早い段階で練習に着手していました。その過程では、各言語の専用配列を習得し、特殊文字や記号の入力方法を一から調査・導入されるなど、先行者として並々ならぬ苦労があったことと推察します。

かり〜さん:2015年から多言語タイピングWikiで積極的に情報発信し、筆者を含む多くの初心者に多言語参戦への道筋を示して下さいました。さらに2017年大会に向けた新たな取組みとして、初心者向け多言語対戦会や10FastFingers大会を開催されています。

たのんさん:2017〜2020年大会に向けて、TypeRacer多言語対戦会の開催および毎週参戦により、積極的に引っ張って下さいました。2017年10月以降のパワーアップには大いに刺激を受けました。

paraphrohnさん:2016年大会に向けて、早い段階で「総合8万点で世界一」という高い目標を掲げ、それを有言実行することで日本人参加者全体を引っ張って下さいました。また、インテルステノ用paraph配列集の作成・配布に加えて、TypeRacer多言語対戦会を毎週開催して頂いたお陰で、筆者を含め参加者のレベルは前年とは比較にならないほど向上したと言えるでしょう。

やださん:Takiソフトウェアで出現した "This page and application is only for use on computers, not available for mobile devices." というエラーに対して、画面サイズを拡大するか文字サイズを小さくすることで解決できるという情報を頂きました。

どりすとさん:上記の問題につき、www.intersteno.itで打てば問題無いという情報を頂きました。筆者は2016年大会以降、練習も本番もこちらのサイトのみで打っています。

司@dvorakさん:文章内の文字の出現頻度調査に役立つWebサイトをご紹介いただきました。筆者は主にロシア語の文章で活用させていただきました。

愛する家族:3〜5月の土日およびゴールデンウィークの一部という、本来は育児・家事・家族サービスに充てるべき貴重な時間の大半をInterstenoの多言語参戦に投入できたのは、間違いなく家族のおかげです。ありがとう! ……というよりも、我ながらろくでもない夫・父親だと思う。来年以降もオンライン大会に参加するなら、ゴールデンウィークの全部または一部を毎年潰すことになるというジレンマがある。


●各種資料

Intersteno2022関連の資料を以下に公開します。必要に応じ、自己責任でご利用下さい。また、著作権等で問題が発生した場合は即削除します。

Intersteno拡張dq配列
→Intersteno, TypeRacer, monkeytypeで使用した配列。インストーラとともにMSKLC用のファイルもあります。

注1:言語によっては慣れるまでに相応の時間が必要であり、短期決戦には不向きです。
注2:このMSKLCファイルはWindows10環境でBuildできないことがあります(エラー対処を実施していないため)。必要ならばWindows7, Vista, XPのいずれかでBuildし、結果ファイルをコピーして下さい。

Intersteno拡張dq配列:仕様書
→上記配列の仕様書。

Interstenoの各言語ランキングと統計資料
→eighさんの統計資料を参考にしつつ、自分用にVBAで作成していた資料です。本レポートにはこのデータを一部使用しています。ソースコードは非公開。

Interstenoランキング:仕様書
→上記資料の仕様書。

Intersteno課題文の解析資料
→各言語の練習課題(1分間課題計2015個、10分間課題計614個)を自力で収集・入力した資料です。配列作成の際に、特殊文字や記号、qvwxyz等の文字の出現頻度を解析するために使用しました。また、InterstenoのTaki担当者への問題点の報告は、この資料をベースに実施しています。練習時の最高記録も掲載してあります。

注:入力時の正確性は99%以上あると自負しています。また、2022年に追加された新課題を除き、再入力によりミスを検出して正確性を高めています。しかし、筆者も人間である以上100%でないことはご了承下さい。

Intersteno練習の各種統計
→Intersteno対策として実施した10分間練習(2015〜22年に計2544回。本番含む)の各種統計として、「言語毎の最高記録、平均得点、平均速度、平均ミス数」「本番の記録との比較」「練習回数」「ミス数別の試行回数」をまとめたものです。

Intersteno練習記録
→Intersteno対策として実施した10分間練習の詳細をデータベース化したものです。上記の統計資料はすべてこのデータから作成しています。

本番準備・実施手順書
→「トルコ語配列のまま英語を打つ」「省電力モードが発動して画面が暗くなる」等の間抜けな事故を防ぐために作成した手順書です。


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