Intersteno2024オンライン大会:レポート(2024.3.18-4.26)



Interstenoとは
筆者の結果
プロローグ
戦略
戦術
各言語の対策(主要なもののみ)
感想(というよりも反省)
参考文献・謝辞
各種資料


●Interstenoとは

Intersteno(国際情報処理連盟)とは、1887年に設立された、速記者やタイピストを中心とする団体である。オフラインの速記およびタイピングの大会を2年に1回(2007年以降)、オンラインのタイピング大会を1年に1回(2003年以降)実施している。以下の記述は、2024年3〜4月に開催されたオンライン大会に関するものである。

公式ランキングはこちら

日本人ランキングはこちら

オンライン大会には、最大17言語で参加可能である。練習サイトであるTakiソフトウェアの順番に並べると、イタリア語、英語、ドイツ語、フランス語、オランダ語、スペイン語、トルコ語、ポルトガル語、ルーマニア語、日本語、フィンランド語、チェコ語、スロバキア語、ハンガリー語、ロシア語、ポーランド語、クロアチア語/セルビア語である。

各言語で初見の課題を10分間打ち、「総打鍵数−ミス数×50」を得点とする。この得点の合計値で競う。従って、速度を上げることも重要だが、それ以上に正確性を上げることが非常に重要である。但し、毎日パソコン入力コンクール(以下「毎パソ」)とはミスの定義が違う。例えば、1単語内の入れ替えミス(例:that→taht)や、1行すっ飛ばしは、1ミスとカウントされる


●筆者の結果

【表1:本番の結果】

言語得点速度(文字/分)ミス数順位参加者数
英語5818(-12)591.8(+8.8)2(+2)3(-)440(+65)
イタリア語5693(-90)574.3(-4.0)1(+1)4(+1)217(+18)
フランス語5610(-268)571.0(-26.8)2(-)2(-)145(+14)
スペイン語5530(-108)568.0(-0.8)3(+2)3(-1)226(+57)
オランダ語5484(-74)548.4(-7.4)0(-)2(-)258(+58)
ポルトガル語5342(-145)544.2(-9.5)2(+1)2(-)127(+31)
トルコ語5251(-216)535.1(-11.6)2(+2)10(-4)301(+87)
ルーマニア語5185(-298)533.5(-14.8)3(+3)2(-)100(+22)
ドイツ語5040(-242)514.0(-14.2)2(+2)8(-6)290(-51)
ポーランド語4980(+99)508.0(+9.9)2(-)3(-1)159(+78)
フィンランド語4949(-15)504.9(-16.5)2(-3)1(-)186(+18)
スロバキア語4823(+139)492.3(+18.9)2(+1)1(+1)374(+47)
チェコ語4820(-123)487.0(-7.3)1(+1)7(-3)390(-11)
ハンガリー語4727(+217)477.7(+16.7)1(-1)2(-)129(+43)
ロシア語4574(-231)467.4(-18.1)2(+1)8(-2)45(+2)
日本語4394(-1154)489.4(-70.4)10(+9)13(-11)247(+57)
クロアチア語/セルビア語4345(-1147)454.5(-94.7)4(+4)13(-10)418(+110)
合計86565(-3668) 41(+25)3(-1)1175(+58)

※()内は昨年比。
※得点、速度、ミス数、参加者数は増えた時に+表示。順位は上がった時に+表示。
※オランダ語とフランス語にはベルギー方言、イタリア語にはスイス方言、クロアチア語/セルビア語はセルビア語(キリル)、ドイツ語・日本語には本家で参加した。
※順位は4/30 日本時間7:00時点のもの。また、方言(例:本家ドイツ語とスイスドイツ語)はまとめて集計した。

【表2:主な記録】

・ポーランド語で、本番で(練習含め)自己ベスト
・他にハンガリー語・スロバキア語で本番記録を更新
・セルビア語で世界6人目、ロシア人以外では初の4000突破

【表3:10分間練習の結果】

言語最高記録平均得点平均速度平均ミス数
英語5978(+102)5611(-31)573.1(-1.7)2.41(+0.29)
イタリア語5813(+30)5509(+18)561.3(+0.8)2.09(-0.21)
フランス語5666(-259)5500(+6)560.9(+2.8)2.19(+0.43)
スペイン語5625(-182)5446(+9)555.7(+1.1)2.23(+0.03)
オランダ語5484(-74)5203(-101)533.9(-8.2)2.72(+0.39)
ポルトガル語5441(-46)5283(+7)541.6(+5.5)2.67(+0.97)
トルコ語5638(+171)5234(+6)533.3(+0.8)1.98(+0.06)
ルーマニア語5441(-42)5063(-35)518.5(-2.2)2.44(+0.26)
ドイツ語5409(+71)5096(+51)524.6(+4.7)3.00(-0.09)
ポーランド語4980(+22)4778(-70)491.5(-0.7)2.75(+1.25)
フィンランド語5088(-153)4936(+13)505.6(-1.0)2.40(-0.46)
スロバキア語4969(-28)4682(-79)486.0(+1.0)3.57(+1.77)
チェコ語4820(-123)4624(-63)478.8(-4.4)3.27(+0.38)
ハンガリー語4727(+70)4449(+3)461.3(+1.7)3.29(+0.29)
ロシア語4779(-26)4497(+80)464.8(+8.9)3.03(+0.17)
日本語6010(+86)5049(-490)535.7(-33.9)6.17(+3.02)
クロアチア語/セルビア語5485(-7)5009(-29)512.5(-4.9)2.31(-0.41)
合計/平均91353(-378)85967(-706)528.6(-7.6)2.41(+0.27)

※()内は昨年比。
※上記の数字には本番も含む。
※Takiソフトウェアのバグによるミスと、それによる減点も含む。


●プロローグ

2024年オンライン大会では、モチベーションの維持に苦労した。昨年の17言語90233点は、運と実力が極限まで噛み合って、神降臨まで引き出してようやく叩き出した、己の多言語攻略人生の集大成とも言えるスコアである。生半可な努力では再現できる気がしなかった。まして世界記録の17言語93044点など、影も形も見えなかった。加えて、昨年までと同じ練習を同じように継続するモチベーションもなかなか湧き起こらなかった。

そこで、表4に示す四項目の新たな挑戦を自らに課すことにした。

【表4:新たな挑戦の内容】

(1) 日本語には漢字かな交じり文で参戦し、6000を目指す。
(2) セルビア語(キリル)に初参戦し、4000突破を目指す。
(3) 風呂効果は原則として活用しない。
(4) 朝鮮語/韓国語の鍛錬を並行して実施し、TypeRacerで100wpmを目指す。

このうちIntersteno2024オンライン大会のスコアアップに結び付きそうなのは(1)のみである。他はすべて悪条件と言って良い。悪条件下でもスコアをまとめる経験を積むことで、来年以降の成長を引き出そうと考えた。

(1) に関して、日本語(漢字かな交じり文)の係数が2.2607→2.95と改善された。2015年の日本語導入以来初の変更である。即ち、昨年までと比較して約1.3倍のスコアアップを見込める。2022・2023年大会では日本語(transliterated)の方が有利であり、筆者のスコアも約1000改善された。2024年大会では、漢字含有度や変換の難易度にもよるものの、日本語(漢字かな交じり文)でもまともに闘えると想定される。そこで、transliteratedでも未達成の6000を目指す。

(2) に関して、2023年大会終了後にTakiソフトウェアで練習したところ、10分間練習で4000を突破し、最終的に4390まで伸ばした。そこで本番での再現を狙う。即ち、世界で5人目、ロシア人以外では初の本番4000突破を狙う。なお、2023年まではクロアチア語で参戦した。そのスコアと比較すると、今回のスコアは約1200低下すると見込まれる。

(3) に関して、昨年は風呂効果を存分に活用し、直前の練習と比較して3958点ものスコアアップを掴み取った。しかし、Interstenoオフライン大会で風呂は使えない。また、風呂効果無しでどこまで健闘できるのか、そもそも2022年に風呂効果を一部の言語のみ使用して出した記録(17言語で87089)を更新できるのか、興味があった。

(4) に関して、筆者は2023年5月に朝鮮語/韓国語タイピングを開始した。その難易度は高く、2024年3月時点で「monkeytypeで100wpm達成、TypeRacerでは未達成」という中途半端な状況だった。Intersteno期間中に朝鮮語/韓国語タイピングを中断するのもためらわれた。何しろ、1カ月を超えるサヴォリ期間があると、リハビリに多大な労力を必要とするためだ。タイピングをやっていて最も嫌なのは、長期にわたるサヴォリの後、退化しきった結果を数字で見せつけられる瞬間である。確かにリハビリを続ければいずれ元の実力を取り戻すことはできる。だが、モチベーションが続かずそのまま練習をやめることもある。そこで、Interstenoの17言語に悪影響が出る(具体的には、時間が割かれる)のを承知で、朝鮮語/韓国語の練習を継続することにした。


●戦略

昨年のレポート来年に向けてに記載した通り、全17言語で積極的に攻めることによる速度アップを狙う。もちろん、正確性を保ったまま高速化するのが望ましい。だが、大前提として速度を上げないことにはスコアも頭打ちになる。これに関しては、基本的に、2016年大会である程度確立した戦略を踏襲した。同様のアプローチでもう少し伸ばす余地があると考えていたためだ。但し、必要に応じて修正を加えた。

(1) 各言語の配列の再検討 〜頻出特殊文字の1打鍵化〜

2017年と同様。但し、ポルトガル語とセルビア語の配列に微修正を加えた。

ポルトガル語では、àの出現率が想定よりも低いことを考慮し、wに割り当てる特殊文字をàからóに変更した。その過程では、より出現頻度の高いáやéをwに割り当てる検証も実施した。しかし、áやéを含む単語の左殺しが凶悪化する例が多発し、かえって打ち辛くなった。そこで、スペイン語配列とも共通するóの割り当てに変更した。なお、àはUSインターナショナル配列に倣って半角/全角→aに配置した。しかしこれも打ち辛いため、Intersteno2024終了後に:→gに配置し直した。

セルビア語では、従来はデッドキー:に割り当てていたњљђの配置を^]zに変更し、それぞれ1打鍵化した。^]zに従来割り当てていたщьйが、セルビア語には原則として出現しないことに気付いたためだ。これにより、約2%弱の高速化を実現した。

(2) 各言語の配列の再検討 〜デッドキーの活用〜

2017年と同様。

(3) 基礎力強化 〜monkeytypeによる多言語鍛錬〜

2023年5月から2024年2月にかけて、monkeytypeを用いて表5に示す方針で鍛錬を重ねた。多言語への耐性は間違いなく増強されたと思う。なお、プレイ時間は初期設定値の30秒とした。また、ノーミスタッチを前提とした。即ち、一度でもミスタッチをしたらEscである。BSで修正して打ち直すと、結果画面の正確性は100%にならないし、グラフやinput historyにミスの履歴が残る。これでは美しくない。

【表5:monkeytypeのプレイ方針】

言語方針
朝鮮語/韓国語100wpmノーミス達成(語彙増加版含む)
新規追加言語
やり込み度の甘い言語130wpm以上ノーミスを目指し再挑戦
ロシア語継続
高速言語(英語等)

朝鮮語/韓国語を打ったのはこちらに示す通り、個人的趣味によるものだ。将来Interstenoで朝鮮語/韓国語を打つ日が来る可能性はあると思う。だが、この先数年のことではないだろう。よって、Intersteno2024オンライン大会に向けた直接的な対策にはならない。

並行して、新規追加言語も打ってきた。当面の目標は100wpmノーミスだ。バージョン更新情報やGitHubを注視して、新規追加言語を見つけては打ち続けた。その結果、ラテン文字・キリル文字・ギリシャ文字・ひらがな/カタカナ・ハングルを使用する63言語で100wpmノーミスを達成した(昨年比+4言語)。

いざ100wpmノーミスを達成すると、やり込み度の甘い言語が気になり始めた。1〜数回打って終わりという言語も複数存在した。そこで、特殊文字の少ない言語を中心に、130wpm以上を目指して2周目を開始した。最終的に、37言語で130wpmノーミスを達成した(昨年比+6言語)。また、ポルトガル語、イタリア語、スペイン語、フランス語ではこの過程で150wpmを突破した。

ロシア語を継続するのは、キリル文字の打ち方を忘れないためだ。何しろ、Interstenoの17言語のうち筆者がラテン文字で参加するのは15〜16言語ある(日本語をtransliteratedで打った場合に16言語となる)のに対して、キリル文字で参加するのは原則としてロシア語のみだからだ。クロアチア語の代わりにセルビア語を選択しても、キリル文字は2言語のみだ。そして、この鍛錬には一定の成果があった。

高速言語(英語等)は別の意味で継続が必要だ。打ち方を忘れることはもはや無い。だが、鍛錬を怠ると高速打鍵が少しずつできなくなっていく。特に左手を酷使する単語が明らかに遅くなる。そこで、語彙増加版や英語ベースのcode(各種プログラミング言語)等を用いて鍛錬を継続した。

……

3月3日、Interstenoが近づいたところで、日本語を除く16言語に絞って60秒ノーミスタッチ練習を再開した。30秒では短すぎて、Interstenoに直結する実践的な練習にならないためだ。一方、120秒ノーミスタッチ練習はまだ筆者にとって荷が重い。英語で一度成功しただけだ。60秒経過以降は集中力を持続できず、速度も正確性も極端に低下する。よって、筆者の現在のレベルでは60秒が適切だと判断した。また、語彙増加版がある言語は10k〜50kを主に打つ。1k以下では簡単な単語しか出てこない。目安として100k以上になると、語彙がマニアックすぎて対策にならない(ランダム文字列を打つ練習と変わらない)。

(4) 基礎力強化 〜未打鍵課題潰し〜

5月から12月にかけて、「未打鍵課題潰し」と称して、各種イタリア語、トルコ語、ルーマニア語、クロアチア語/セルビア語(ラテン)の10分間練習をほぼ毎日打ち続けた。計300個近い10分間課題を収集したのに、ろくに練習していないことに気付いたためだ。結局、すべての課題を打鍵した。これにより、これらの言語では早期に10分間練習に移行できた。本番で劣化を最小限に抑制できたのは、このためと考えられる。

(5) 練習スケジュール

2月も下旬となり、大会期間が迫ってきたため、満を持して練習を開始した。表6の通り、本番対策と同様に1週間に4言語を練習した。日本語を除く16言語を一通り練習できた。

【表6:練習スケジュール】

期間言語
2/19-25ロシア語、ハンガリー語、トルコ語、英語
2/26-3/3チェコ語、スロバキア語、ポルトガル語、スペイン語
3/4-10クロアチア語、ルーマニア語、イタリア語、フランス語
3/11-17ポーランド語、フィンランド語、ドイツ語、オランダ語

2020年以来、新型コロナウィルスの影響で在宅勤務となったため、平日は業務終了後に即練習できる。このため、当初は1分間練習によるリハビリを実施しつつも、徐々に本番を想定した10分間練習に切り替えた。単に10分間打つというノルマをこなすだけの無益な練習を徹底して排除した。但しスペイン語、日本語、フィンランド語、スロバキア語、ポーランド語、ハンガリー語の1分間練習または10分間練習の課題数は限られており、文章を覚えてしまうリスクがあった。このため、並行してmonkeytypeの60秒ノーミス練習を効果的に実施した。2024年の日本語に関しては、漢字かな交じり文の練習として実タイも採用した。

2020年〜2024年大会に向けた練習量の比較は表7の通り。2024年の練習量は計527回で、ここ5年間で最高となった。但し、うち290回は先述の未打鍵課題潰しであるため、その分を差し引くと237回である。実質的な練習量は2022年以降ほぼ変わらない。とはいえ、大会期間が約6週間あったため、大半の言語で必要十分な調整を実施できた。

【表7:10分間練習の打鍵回数の比較】

言語2020年2021年2022年2023年2024年
英語51173316(-17)17(+1)
イタリア語1013820(+12)121(+101)
フランス語91212158(+146)16(-142)
スペイン語1313910(+1)13(+3)
オランダ語118109(-1)18(+9)
ポルトガル語13141410(-4)12(+2)
トルコ語5771113(+2)92(+79)
ルーマニア語991416(+2)45(+29)
ドイツ語981411(-3)14(+3)
ポーランド語7464(-2)8(+4)
フィンランド語5457(+2)5(-2)
スロバキア語6775(-2)7(+2)
チェコ語1013169(-7)11(+2)
ハンガリー語269116(-5)7(+1)
ロシア語6774334(-9)36(+2)
日本語5937(+4)6(-1)
クロアチア語/セルビア語1591014(+4)95(+81)
合計323163226349(+123)527(+178)

※上記の数字には本番、仕様調査、および未打鍵課題潰しを含む。
※各年の打鍵回数には、前年オンライン大会終了翌日から当年オンライン大会終了当日までのすべての10分間練習を含む。

……

各言語につき実施した主要な練習は表8の通り。

【表8:各言語につき実施した主要な練習】

言語5〜2月直前1カ月直前1週間
ドイツ語monkeytype30秒Taki10分(CH)Taki10分(DE)
ロシア語monkeytype10k30秒, 25k30秒Taki10分Taki10分
ポーランド語-Taki1分Taki10分、monkeytype40k60秒
オランダ語monkeytype30秒Taki10分(NL)Taki10分(BE)
フィンランド語-Taki1分Taki10分、monkeytype10k60秒
英語monkeytype30秒Taki10分Taki10分
トルコ語monkeytype30秒、Taki未打鍵課題潰しTaki10分Taki10分、monkeytype5k60秒
ハンガリー語-Taki1分Taki10分、monkeytype2k60秒
チェコ語-Taki1分/10分Taki10分、monkeytype10k60秒
スロバキア語-Taki1分Taki10分、monkeytype10k60秒
スペイン語monkeytype30秒Taki10分Taki10分、monkeytype10k60秒
ポルトガル語monkeytype30秒Taki10分Taki10分、monkeytype3k60秒
クロアチア語Taki未打鍵課題潰しTaki10分Taki10分
ルーマニア語Taki未打鍵課題潰しTaki10分Taki10分、monkeytype10k60秒
イタリア語monkeytype30秒、Taki未打鍵課題潰しTaki10分Taki10分(CH)、monkeytype60k60秒
フランス語monkeytype30秒Taki10分Taki10分(BE)
セルビア語(キリル)Taki1分/10分、monkeytype30秒/60秒-Taki10分、monkeytype60秒
日本語--Taki10分、実タイ

(6) 本番実施の順序

全17言語の本番を1〜2日で実施するのは非効率である。本番実施を繰り返すことで、肉体的にも精神的にも著しく疲労するためだ。さらに、練習の質・量が甘いと各言語の特殊文字や頻出シーケンスを混同するリスクがある。

今回の大会実施期間は3/18〜4/26となり、40日間確保できた。本番の課題の実装が遅れた言語(ポーランド語、フィンランド語、スイスイタリア語、ベルギーフランス語)に柔軟に対応しつつ、準備不足の言語を翌週に回すという戦略を適用できた。結果的に、1週間に実質3言語のペースで本番を打ち進めた。

本番に向けたスケジュールは表9に示す通りである。

【表9:2024年大会の本番に向けたスケジュール】

期間低速言語中速言語高速言語
3/18-20ロシア語ドイツ語 
3/18-24ポーランド語、ロシア語フィンランド語オランダ語
3/25-31ポーランド語、ハンガリー語、ロシア語フィンランド語、トルコ語英語
4/1-7ハンガリー語、セルビア語ポルトガル語英語
4/8-14チェコ語、スロバキア語、セルビア語 スペイン語
4/15-21セルビア語ルーマニア語フランス語、イタリア語
4/22-26セルビア語クロアチア語 

※ハンガリー語とトルコ語の配列は親和性が高い(öüをwqに配置)。
※フランス語とイタリア語の配列は共通。また、経験値が高い。
※チェコ語とスロバキア語の配列は親和性が高い(特殊文字を34567に配置)。
※スペイン語とチェコ語、スロバキア語、ハンガリー語の配列は親和性が高い(áéíを@[]に配置)。
※ドイツ語とオランダ語は言語として親和性が高い(ゲルマン語派)。
※ドイツ語とフィンランド語の配列は共通。

基本的に、2016年以来のスケジュールを踏襲した。高速に打てる言語(英語、フランス語、イタリア語、日本語、スペイン語、オランダ語)と速度の出ない言語(セルビア語、ロシア語、ハンガリー語、チェコ語、スロバキア語、ポーランド語)を可能な限り分散させた。これは、高速に打つ感覚を維持するとともに、低速言語を底上げするためだ。

また、親和性の高い言語や、共通の配列を使う言語は、同じ週に打つのが効率的だ。逆に、混同する可能性の高い言語(例:フランス語とスペイン語、ハンガリー語とドイツ語、ポーランド語とチェコ語)を同じ週に打たないように注意した。なお、チェコ語とスロバキア語にも混同しやすい部分がある。だが、配列の親和性による相乗効果の方が上回ると判断し、同じ週に実行することとした。

さらに、セルビア語への対策として、3/20のロシア語の本番終了後も3/31までロシア語の10分間練習を継続した。キリル文字への習熟度を維持することが目的だ。本来ならセルビア語の課題文章で対策すべきだ。だが、文章の数が限られているため、このような変則的な対応が必要だった。

……

最終的な本番実施スケジュールは表10の通りである。平日は仕事があるため、本番実施は土日や祝日がメインとなる。なお、3/24(日)〜3/25(月)は家族旅行のため打鍵しなかった。最後のセルビア語は、4/21(日)時点では準備不足と判断し、敢えて平日である4/26(金)まで本番実施を延ばした。

【表10:2024年大会の本番実施スケジュール】

日付・時間帯言語累計得点コメント
3/20(祝)夕方ドイツ語5040久々の本番には緊張感あり
3/20(祝)夕方ロシア語9614昨年の大爆発スコアの壁は高かった
3/23(土)夕方オランダ語15098同上。とはいえ昨年に続きノーミス
3/30(土)夕方ポーランド語20078monkeytypeの練習の効果を発揮し加速
3/31(土)午後一フィンランド語25027速度不充分。対策が甘い
3/31(土)午後二トルコ語30278同上
4/6(土)夕方ハンガリー語35005ミスを抑えて粘り、本番自己ベスト
4/6(土)夕方英語40823デッドキー;を駆使して大文字の嵐を耐えきった
4/7(日)夕方ポルトガル語46165速度不足。新配列の試行錯誤のため
4/7(日)夕方日本語50509変換難易度の高い文章になすすべなく屈辱的惨敗
4/13(土)夕方チェコ語55329昨年の大爆発スコアの壁は高かった
4/14(日)午後二スロバキア語60152速度重視で臨み、本番自己ベスト
4/14(日)夕方スペイン語65682前半びびり過ぎ。後半加速した途端3ミス
4/20(土)夕方フランス語71292絶不調だったが時間切れ。2ミスに抑えて耐えた
4/21(日)午後二イタリア語76985打ちやすい文章で粘るも昨年の記録は遠い
4/21(日)夕方ルーマニア語82170前半ミス⇔BS地獄にハマって30秒ロス
4/26(金)夕方セルビア語86515実力不足なりに粘った

※4/28(日)に日本語の得点が4344から4394に修正された。これに伴い、総合得点は86515から86565に微増した。


●戦術

(1) 練習課題文の収集と入力、再入力

InterstenoのTakiソフトウェアに出現する1分間練習および10分間練習の課題文を収集した。結果は
こちら目的は、文字の出現頻度の調査の他に、ミスの原因把握と傾向調査である。2015年大会に向けた練習ではここができていなかったため、打鍵終了後に表示される結果画面からミスの原因を推測するしかなかった。ミスした単語をGoogle翻訳やGoogle検索に入力すると、正解らしき単語を見出せることもある。だが、すべてのケースでうまくいくわけではない。これでは練習効率が悪すぎる。

そこで、1分間練習の課題文を計2024個、10分間練習の課題文を計632個収集した(昨年以降の追加分は10分間課題6個)。さらに、収集したすべての練習課題を実際に入力してExcelシートに整理し、ミスの原因を正確に把握できるようにした。具体的な方法は2018年と同様である。

さらに、難関言語に限らず全文再入力を実施した。1分間練習の課題文のうち1804個、10分間練習の課題文のうち632個、合計で約800万文字を再入力した(昨年以降の追加分は1分間課題9個、10分間課題13個、合計で約1.4万文字)。その結果を過去の入力結果とEXACT関数で比較し、計2500箇所以上のミスを検出した(昨年からの増加分は約100箇所)。この作業の結果、残存ミス率は約0.05%から0.001%未満に減少したと推測される。

(2) Takiソフトウェアの問題点、特殊文字への対応

Takiソフトウェアの練習課題には、こちらに示す問題点が存在する。また、こちらに示す特殊文字・記号が出現する。いずれも2018年までに調査・実装済みだったため、今年もその成果を活用した。

(3) 方言の選択

ドイツ語、フランス語、オランダ語等の方言選択にも、上記の練習課題の収集結果資料が役立った。具体的には、バグや特殊文字の少ない方言を選択することで、練習の効率アップと本番の得点アップを狙った。

ドイツ語には本家ドイツ語の他にスイス方言が存在する。2019年以降は前者を採用している。両者の主な違いは、後者には原則としてß(エスツェット)が存在せず、ssで置き換えられることである。つまり特殊文字が1種類減るため、短期間での攻略が容易になる。但し、長い目で見れば、ssという連打に耐え続けるよりもßの位置を覚えて打つ方が負担が少ない。いずれにせよ出現頻度は低いため、実際には大差無い。なお、2016年と2018年のスイスドイツ語の本番では、ßが複数回出現した。このような場合に備え、ßを含む配列を準備し、かつ位置を把握しておく必要はある。

フランス語には本家フランス語の他にスイス方言、ベルギー方言が存在する。2016年以降、バグが最も少ないベルギー方言を採用している。但し、本質的な違いは調査しても分からなかった。その後、Taki担当者とのやり取りの中で、本家フランス語やスイス方言では記号(;:!?)の直前にスペースが入る一方、ベルギー方言では入らないとの情報を頂いた。普段打ち慣れた仕様であるベルギー方言を選択して正解だった。

オランダ語には本家オランダ語の他にベルギー方言が存在する。本質的な違いは調査しても分からなかった。一字一句違わない課題文章を両者で使い回している事例も複数存在した。但し、一部の特殊文字は方言により得点が違うことがある。特にオランダ語ではベルギー方言の.が2点なので、スコアにして約1%有利になる。この仕様に気付いた2019年以降、ベルギー方言を採用している。

イタリア語には本家イタリア語の他にスイス方言が存在する。本質的な違いは無い。一部の特殊文字は方言により得点が違うものの、その出現頻度は非常に少ないため、影響は限定的だ。2024年の本番文章にはpiù(もっと)という単語が筆者の打った範囲内だけで9回も出現したため、他の特殊文字と合わせてスイス方言のスコアが約0.7%有利になった。しかしこれは例外だ。なお、2022年以降の本番ではスイス方言を選択している。たまたま練習でスイス方言の未打鍵課題潰しを実施していたためだ。

クロアチア語の代わりにセルビア語(ラテン)、セルビア語(キリル)を選択できる。セルビア語(ラテン)はクロアチア語とほぼ同じだ。セルビア語(キリル)はロシア語と同様キリル文字を使用する。しかしロシア語と違う特殊文字への対応が新たに必要で、難易度が高い。2024年には順位への影響が無いと判断し、敢えてセルビア語(キリル)を選択した。

日本語には日本語(漢字かな交じり文)の他に、ローマ字で記述された日本語(transliterated)が存在する。従来の漢字かな交じり文には事実上日本人しか参加できなかった。ひらがなやカタカナはともかく漢字は日本人以外にとって習得が非常に困難であるためだ。このデメリットを解消するためにtransliteratedが導入された。日本人にとっても、transliteratedの方が有利になる場合がある。理由は、変換の手間が無くなることだ。なお、2024年には漢字かな交じり文のスコア換算係数が2.2607→2.95と修正され、従来の不利は解消された。筆者は変換を苦手としないため、2024年には漢字かな交じり文を選択した。

(4) キーボードの選択

2017〜2019年大会では、東プレRealforce106(All30g)を主に使用した。日本語かな入力を除いて、All30gでもミスを抑えつつ高速化できるという確信を得たためだ。実際、2016〜2019年の総ミス数の推移は47→28→35→34、1言語あたりの平均値は2.76→1.65→2.06→2.00であり、2016年と比較して有意に減少している。

All30g適用の実験を開始したのは2016/12/19だった。2003年時点の筆者はこのキーボードを使いこなせなかった。打鍵時に隣のキーに指が軽く触れただけで認識され、ミス判定となる「かすりミス」が目立ったためだ。だが、東プレRealforce89U(45g/30g)で10年以上も正確性重視の鍛錬を継続してきたため、All30gでも次第にミスを抑えて打てるようになった。それならば、速度を出せるAll30gの方が良い。折しも、45g/30gのキーボードのSpaceキーのレスポンスが長年の酷使の影響で悪化し、高速打鍵に悪影響を及ぼすようになってきたため、All30gを久々に採用した。

但し、2019年は日本語のみ45g/30gに戻した。All30gが長年の酷使の末、5/3に至ってついに故障したためだ。

2019年10月、消費税増税前に新たに東プレRealforce(R2TLSA-JP3-IV)を調達した。All30g、かつテンキー無しという基準で選択した。このキーボードはタイプウェル国語Rの更新に役立った一方で、カスリが激増するというデメリットがあった。従ってIntersteno向けには使えないのではないかという危惧を抱いた。だが、APC設定を「よく使うキー2.2mm、使わないキー3.0mm」としたことで、カスリを防ぎ、Interstenoの実戦に投入する目途が立った。

(5) その他環境整備

2018年とほぼ同様。本番準備・実施手順書を作成し、遵守することで、人為ミスをシステム的に根絶することを目指した。但し2019年以降、Windows10機で打鍵中にフォーカスが勝手に外れる事故に悩まされている。2019年のフィンランド語と日本語、2021年のルーマニア語の本番でも発生した。当初は左Alt、右Alt、左Ctrlへの誤爆による何らかのショートカット発動が原因と考えていた。最大の要因である左Altのキートップを外す、あるいはソフトウェアで一時的に無効化するといった対策がまず考えられる。さらに、「セキュリティソフトの割込み」「プリンタドライバの割込み」等、他にも原因がありそうだ。原因究明のためMy Window Loggerを導入したが、まだ原因を見出せず、対策もできていない。

2020/4/7、自宅の電気契約を30Aから40Aに上げた。打鍵中にブレーカーが落ちてもPCはバッテリーで動くため問題無い。だが、ルータの電源も落ちるためネット接続が一時的に遮断される。これが危険すぎる。

(6) 初見課題対策

練習用課題には、特定の単語(例:国際労働機関)が頻出する。これに慣れきってしまい、他の単語の練習が不足すると、初見課題を打つ本番では当然ながら惨敗する。この傾向は、特に日本語とドイツ語、オランダ語、チェコ語で顕著であった。また、練習で出したスコアを過信してはならない。頻出単語に慣れればTakiのスコアが改善されるのは当然だ。本番ではその分だけ落ちる。この事実を忘れて練習を怠ってはならない。

フィンランド語、ポーランド語、スロバキア語等、10分間課題の少ない言語はTypeRacerやmonkeytypeを併用してこの欠点を補った。確かに、TypeRacerには「30秒ほどで終了する短文が多い」「フォントが見辛く、.,やlIやijの判別が至難」といった難点はある。だが、従来圧倒的に不足していた初見文章への対策にはある程度なったと思う。

一方、フランス語、イタリア語、トルコ語で大きく崩れなかったのは、練習用課題が豊富にあり、多くの単語に習熟できたためと考えられる。ドイツ語、オランダ語、チェコ語に関してもこの状態に持っていくため、TypeRacerやmonkeytypeで鍛えるのは有効と考える。

(7) 本番の実施

ベストの体調で、ベストの時間帯に実施する。即ち、仕事・育児・家事と重ならず、かつ身体が覚醒しているタイミングで実施する。筆者は休日の夕方に実施することが多かった。朝や午後一はやめておく。脳が働かず、指の動きも鈍く、速度も正確性も低下するためだ。よって朝や午後一にはリハビリに専念し、脳の働きと指の動きを取り戻す。一方、昼間に仕事や登山ランニングをした場合や、リハビリが不充分な場合、眼精疲労や脳・腕・指の疲労が蓄積している場合には本番の実施を避ける。

また、1セット(約1時間)あたりの本番実施数は1言語、1日あたりの本番実施数は2言語に抑えたい。但し、充分な練習を積んだ状態で、体調が良く、指の調子も好調を持続している場合に限り、1セットに2言語、1日に3言語の本番を実施することも過去にはあった。

さらに、本番の直前に10分間練習を実施する。これは、本番で使用する配列に確実にセットすると同時に、他の言語との混同を避けるためだ。また、言語ごとに頻出する文字や単語、シーケンスが異なるため、本番の直前に目と指を充分に慣らしておく必要がある。但し英語や日本語など、ガチで10分間打つと疲労する高速言語についてはほどほどにしておく。疲労を防ぐため本気モードで打たないことが極めて重要だ。前半に速度が出すぎたと感じた場合には、後半にさらに力を抜く。そして気合を入れ直して本番に臨む。このようにして、本番にピークを持っていく


●各言語の対策(主要なもののみ)

2018年2019年2022年2023年とほぼ同様。


●感想(というよりも反省)

結果は合計86565点(昨年比-3668)となり、世界記録どころか自己ベストにすら遠く及ばなかった。順位も2位から3位に転落した。

当然ながら、来年もこの得点で同じ順位を獲得できると楽観はしていない。2015年以来の日本人の奮闘ぶりを見た諸国のタイピストたちが、座視しているとも思えない。特に、Andreaに加えて、成長著しいロシア勢との死闘が予想される。正確性重視で速度を抑えてばかりでは絶対に勝てない。さらに、新たな強力なライバルたちが続々と出現してくる可能性もある。さらなる境地を目指すためにも、まずは今年の失敗と成功を分析する。

●新たな挑戦の結果

【表4:新たな挑戦の内容(再掲)】

(1) 日本語には漢字かな交じり文で参戦し、6000を目指す。
(2) セルビア語(キリル)に初参戦し、4000突破を目指す。
(3) 風呂効果は原則として活用しない。
(4) 朝鮮語/韓国語の鍛錬を並行して実施し、TypeRacerで100wpmを目指す。

(1) に関して、日本語(漢字かな交じり文)では4394(ミス10)という想定外の屈辱的惨敗を喫した。敗因は、突き詰めれば「初見の漢字かな交じり文の練習不足」だ。直前の10分間練習では、3回打って5571(ミス7)、6010(ミス4)、5783(ミス6)だった。多少崩れても5500は余裕であり、あわよくば6000突破も狙えるという目論見だった。また、4/7中に日本語の本番を終えれば残り3週間で7言語となり、余裕を持って翌日以降の練習に臨めるという打算もあった。一方、ここ2年は日本語(transliterated)を選択したため、漢字かな交じり文のミスを防ぐ技術を忘れていた。

本番の文章の難易度は高めだった。もはや言い訳にしかならないが。序盤から大苦戦した。10ミス中6ミスが序盤に集中した。変換が一発で決まらない単語が多すぎる。特に「鑑賞」が罠だ。「観賞」「干渉」と誤変換され、計4ミス。本文中には「観賞」も出現するため、初見で見切るのは難しい。ミスタッチも多発し、ミス⇔BSによるロスは推定で計1分に達した。焦れば焦るほどミスタッチが増加する悪循環から、最後まで抜け出せなかった。後半には開き直ってミス無視で加速したものの、前半の大失速を挽回するには至らなかった。

(2) に関して、結果は4345(ミス4)だった。目論見通り、世界で6人目、ロシア人以外では初となる本番での4000突破を達成した。一方で、本番実施3日前に配列の改善案を思いつくなど、直前まで試行錯誤を重ねた。本番では、頻出するканцеларија(オフィス)でлをдと誤読するミスを3回もやらかしたのが激痛だった。あと1週間準備すれば、4500に届いたかもしれない。しかしこれは結果論でしかない。

(3) に関して、風呂効果による増分は消滅した。直前の練習からの増分は、日本語の初見文章での失敗による大量失点で完全に打ち消された。次に風呂効果を積極的に利用するのは、例えば10万点を目指すなど、実力を遥かに超えた挑戦をする時になるだろう。一方で、直前の練習の得点は昨年よりも向上し(計86275→87558)、地力はまだ上がっていることを確認できた。また、本番記録は計86565となり、2022年に風呂効果を一部の言語のみ使用して出した記録(計87089)には届かなかった。とはいえ、日本語の失敗にもかかわらずそれに近い値まで伸ばした点は評価できる。

(4) に関して、朝鮮語/韓国語の練習を継続した。確かに、Interstenoの17言語に割く時間は減った。だが、日本語を除く16言語への悪影響はほとんど無かった。一方、朝鮮語/韓国語の成長ペースは明らかに劣化した。Intersteno2024の期間中の更新は運による1回のみで、Megaracerの安定すら困難だった。途中からは退化防止練習と割り切って、現状維持のみを細々と続けていた。これでは記録が伸びるわけがない。とはいえ、この期間中丸々サヴォリを入れた場合と比較すれば、たとえ現状維持しかできなかったとしても、その差はあまりにも大きい。5月中のTypeRacerでの100wpm達成に向けて、だいぶ視界が開けてきた。

●改善すべき点

(1) 日本語の鍛え直し
(2) 本番に向けたピーク合わせ
(3) 老化に伴う英文打鍵力の低下
(4) ミスの抑制

(1) 日本語の鍛え直し

来年以降も、世界記録に挑むなら漢字かな交じり文を選択する一手だ。確かに日本語(transliterated)では安定して5500前後を叩き出せる。その要因は、母国語であることに加えて、特殊文字が無いことに尽きる。しかし、英語の得点を上回ることは難しい。

一方、漢字かな交じり文では変換係数の見直しに伴い、2023年以前と比較して約1.3倍の得点を期待できる。2016年には旧係数2.2607で4752まで伸ばしているため、単純に1.3倍すれば約6200となる。即ち、transliteratedでは望み得ない高得点が期待できる。

しかしそのような高得点を実現するには、ローマ字入力と変換能力の両面で、鍛え直しが必要だ。Takiの10分間練習では既に課題文章をある程度覚えてしまっており、初見で実施される本番への対策にはならない。従って、毎パソや社説等の初見文章を継続的に練習し、鍛え直す必要がある。

(2) 本番への適応、ピーク合わせ

練習時のスコアは、特に英語等の高速言語では頭打ちに近い。従って、本番に向けたピーク合わせは極めて重要だ。不調の時はよほどの例外を除いて打たないのはもはや当然だ。それに加えて、体調や脳の働き、指の動きを整えてコンディションを最高に持っていく必要がある。

表11に示す通り、2022年にはチェコ語とドイツ語で本番直前の練習にピークが合うという致命的な失敗を犯した。直前の練習と比較して、本番ではそれぞれ292点、372点も落ち込んだ。速度や正確性を必死に上げても、本番に向けた調整を失敗するだけで簡単にそれ以上の大失点を食らう。この問題を解決しないことには、未来が無さすぎる。

【表11:直前の練習と本番の差】

言語2021202220232024
フランス語+192+239+343+340
ハンガリー語+129+358+217+203
ポーランド語+266-29-21+158
イタリア語+157+113+385+138
フィンランド語+230-253+112+120
オランダ語-253-300+206+80
チェコ語-40-292+456+66
ロシア語-+115+281+53
ルーマニア語-194+114+291+35
スペイン語-279+204-169-37
クロアチア語/セルビア語-43+75+591-41
ポルトガル語+322+141+63-99
トルコ語+241+40+333-145
スロバキア語-127+116+169-146
英語-247+277+187-160
ドイツ語-604-372+400-165
日本語-235+113+114-1389
合計-485+659+3958-993

2024年は、日本語を除けば16言語で直前練習比+396だった。2023年には風呂という特殊なブースト要因を使用しているため、比較の対象として適切ではない。一方、2021年や2022年と比較すれば、2024年は本番に向けたピーク合わせが概ね成功したと言える。また日本語については、事前練習と本番との単純比較はもはや適切ではない。難所への対応方法や変換回数まである程度覚えている事前練習と比較すれば、初見文章で実施される本番では得点が大幅に低下する。このリスクを念頭に、本番の得点の見積もり方法を見直す必要がある。

(3) 老化に伴う英文打鍵力の低下

2022年以降、最大の改善点は英文打鍵力の低下と認識している。2021年には「戦略ミス」と分析した。しかしその背景には、老化があった。決して認めたくないことだが、老化との闘いが本格的に始まったことをこれでもかと痛感させられた。

まず認識能力が低下した。当然ながら、読めなければ打てない。次に打鍵能力も低下した。認識できても指が思い通りに動かない。特に英語の左手範囲を駆使する単語で顕著だった。挙句の果てには判断能力も低下した。認識あるいは打鍵のプロセスでミスをしても気付かない。2023年以降は風呂効果やmonkeytypeノーミスタッチ練習でこれらの問題の一部を一時的に解決できたかに見える。しかしベース速度は頭打ちであり、根本的な対策にはなっていない。

英文打鍵力の低下がドイツ語、オランダ語、スペイン語に悪影響を及ぼしたのは2021年以降共通だ。一方、フランス語とイタリア語にはあまり影響しなかった。前記の未打鍵課題潰しにより、退化を最小限に食い止めたためと考えられる。このように、老化は練習の質と量によってある程度は補える。

(4) ミスの抑制

1ミスの増加は速度を5文字/分上げれば相殺できる。だが、速度の上昇がこの基準に満たない場合は、ミスを抑えるしかない。特に日本語とクロアチア語/セルビア語では、ミスの抑制が急務だ。

2024年大会の総ミス数は16→41と大幅に増加した。日本語のミス数が1→10と激増したのが最大の要因だ。クロアチア語/セルビア語も0→4と増加した。一方、他の15言語も15→27となり、1言語平均で1.0→1.8と増加した。風呂効果不使用、速度重視、昨年が神すぎたなど、幾つか要因が考えられる。

平均ミス率は0.047%で、昨年比+0.029%。5言語以上受験者の中では僅差で2位となった。昨年の結果が良すぎただけか。2022年は0.049%で2位、2021年は0.058%で1位だった。この水準で満足せず、ミスの抑制(もしくは速度の向上)を目指す必要がある。

本番でノーミスを達成したのはオランダ語だけだった。昨年は8言語でノーミスを達成したのに、一気に1言語にまで減少した。一方、練習時には、フランス語での42回を筆頭に、12言語で計69回出した。但し、うち50回は前記の未打鍵課題潰しの際に出したものである。この分を除けば、11言語で計19回となる。

また、全527回の10分間練習(本番含む)中、1ミスは121回、2ミスは117回、3ミスは87回、4ミスは65回だった。昨年と比較すると、4ミス以内の確率が約87.7%から約87.3%に、2ミス以内は約67.9%から約58.4%に、ノーミスは約20.6%から約13.3%に減少した。


●参考文献・謝辞

Pocariさん:Interstenoオンライン大会への日本語部門追加を先頭に立って推進し、実現にこぎつけたのみならず、2015年の日本人参加者120名もの参加費までご負担頂きました。2016年以降の日本語部門継続にあたっても紆余曲折があり、各国代表との交渉に奔走されたと聞いております。この方の尽力なくしては、筆者はInterstenoの存在すら知らず、まして参戦など考えもしなかったことでしょう。ありがとうございました。2020年5月以降音信不通となり、その後2021年10月に一度ご連絡を頂いたものの再び音信不通となり、大変心配です。

ジュニアさん:最難関のロシア語を含む全17言語への参戦を目指し、最も早い段階で練習に着手していました。その過程では、各言語の専用配列を習得し、特殊文字や記号の入力方法を一から調査・導入されるなど、先行者として並々ならぬ苦労があったことと推察します。

かり〜さん:2015年から多言語タイピングWikiで積極的に情報発信し、筆者を含む多くの初心者に多言語参戦への道筋を示して下さいました。さらに2017年大会に向けた新たな取組みとして、初心者向け多言語対戦会や10FastFingers大会を開催されています。

たのんさん:2017〜2020年大会に向けて、TypeRacer多言語対戦会の開催および毎週参戦により、積極的に引っ張って下さいました。2017年10月以降のパワーアップには大いに刺激を受けました。

paraphrohnさん:2016年大会に向けて、早い段階で「総合8万点で世界一」という高い目標を掲げ、それを有言実行することで日本人参加者全体を引っ張って下さいました。また、インテルステノ用paraph配列集の作成・配布に加えて、TypeRacer多言語対戦会を毎週開催して頂いたお陰で、筆者を含め参加者のレベルは前年とは比較にならないほど向上したと言えるでしょう。

やださん:Takiソフトウェアで出現した "This page and application is only for use on computers, not available for mobile devices." というエラーに対して、画面サイズを拡大するか文字サイズを小さくすることで解決できるという情報を頂きました。

どりすとさん:上記の問題につき、www.intersteno.itで打てば問題無いという情報を頂きました。筆者は2016年大会以降、練習も本番もこちらのサイトのみで打っています。

司@dvorakさん:文章内の文字の出現頻度調査に役立つ文字出現頻度分析ツールをご紹介いただきました。ロシア語をはじめとする多言語の解析に、大変役立っています。

三食小籠包さん:2023年にTypeRacer多言語対戦会を3年ぶりに復活させ、積極的に引っ張って下さいました。

愛する家族:3〜4月の土日という、本来は育児・家事・家族サービスに充てるべき貴重な時間の大半をInterstenoの多言語参戦に投入できたのは、間違いなく家族のおかげです。ありがとう! ……というよりも、我ながらろくでもない夫・父親だと思う。来年以降もオンライン大会に参加するなら、ゴールデンウィークの全部または一部を毎年潰すことになるというジレンマがある。


●各種資料

Intersteno2024関連の資料を以下に公開します。必要に応じ、自己責任でご利用下さい。また、著作権等で問題が発生した場合は即削除します。

Intersteno拡張dq配列(基本17言語)
Intersteno拡張dq配列(拡張43言語)
→Intersteno, TypeRacer, monkeytypeで使用した配列。インストーラとともにMSKLC用のファイルもあります。基本16言語はIntersteno攻略用(日本語除く/セルビア語含む17言語)、拡張43言語はそれに加えてTypeRacer, monkeytype攻略用です。

注1:言語によっては慣れるまでに相応の時間が必要であり、短期決戦には不向きです。
注2:このMSKLCファイルはWindows10/11環境でBuildできないことがあります(エラー対処を実施していないため)。必要ならばBuildできる環境を見つけてBuildし、結果ファイルをコピーして下さい。

Intersteno拡張dq配列:仕様書
→上記配列の仕様書。

Interstenoの各言語ランキングと統計資料
→eighさんの統計資料を参考にしつつ、自分用にVBAで作成していた資料です。本レポートにはこのデータを一部使用しています。ソースコードは非公開。

Interstenoランキング:仕様書
→上記資料の仕様書。

Intersteno課題文の解析資料
→各言語の練習課題(1分間課題計2024個、10分間課題計632個)を自力で収集・入力した資料です。配列作成の際に、特殊文字や記号、qvwxyz等の文字の出現頻度を解析するために使用しました。また、InterstenoのTaki担当者への問題点の報告は、この資料をベースに実施しています。練習時の最高記録も掲載してあります。

注:入力時の正確性は99%以上あると自負しています。また、2024年に追加された新課題を除き、再入力によりミスを検出して正確性を高めています。しかし、筆者も人間である以上100%でないことはご了承下さい。

Intersteno練習の各種統計
→Intersteno対策として実施した10分間練習(2015〜24年に計3420回。本番含む)の各種統計として、「言語毎の最高記録、平均得点、平均速度、平均ミス数」「本番の記録との比較」「練習回数」「ミス数別の試行回数」をまとめたものです。

Intersteno練習記録
→Intersteno対策として実施した10分間練習の詳細をデータベース化したものです。上記の統計資料はすべてこのデータから作成しています。

本番準備・実施手順書
→「トルコ語配列のまま英語を打つ」「省電力モードが発動して画面が暗くなる」等の間抜けな事故を防ぐために作成した手順書です。

各言語の各文字の得点一覧表
→ほぼすべての言語で、大半の小文字は1文字1点、大文字は2点です。一方、2打鍵以上を必要とする特殊文字にはそれ以上の点数を割り当てている例があります。2023年の大会直前にこのテーブルの一部が変更されたようです。その結果、ポーランド語、スペイン語、ポルトガル語では総得点が増加し、フィンランド語では減少しました。


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